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たびガール  作者: 諏訪いつき
7章 三浦半島編

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10話 猿島探検

 5分待ったのち、京成高砂行の電車に乗って少し北へと戻っていった。やっぱり体に疲れがたまっていて、背もたれにいつも以上に体重が乗っている感じがした。

 横須賀中央駅に着くまでは地図アプリの自分が通ってきた道を記録してくれる機能で、自転車でどれくらいの距離を周ってきたかを見た。三浦半島の先端を自分の通ってきた道がぐるっと囲んでいる。大体約30km。こうやって地図に映してみるとあまりにも壮観だった。

 「楽しかったなぁ」

 今でもサドルに乗っていた感覚をありありと思い出せる。あの景色の鮮やかさが目に焼き付いている。いまだに少し胸の内に興奮の残響がある。疲れで眠って乗り過ごさぬよう、窓から見える青空を見て横須賀中央駅を待った。

 三浦海岸駅から大体20分ほど。横須賀中央駅に戻ってきた。駅舎から出るとかなり発展した街が出迎えて、振り返ってみた駅ビルもかなり大きい。まずはまっすぐ直進して、突き当りの国道を左のほうへと曲がる。国道自体がかなり大きいし、それに沿って立っている建物も背が高い。車の往来も多くて、まるで大宮の駅前を歩いているみたいな感覚になる。

 横断歩道で国道を渡って、地図に見える海のほうへ。背の低いヤシの木が道の真ん中に生えていて、少し異国情緒を感じた。道の奥にはひときわ目を引く大きめの建物が見えた。

「『横須賀ポートマーケット」って言うんだ。今日はあんまりお土産買えてないし、戻ったらここも覗いてみようかな」

「お土産、何がいいかなぁ」

 歩きながらいろいろと頭を回す。

「横須賀なら……カレーとか思いつくけど……」

 自分の部屋で友人と机を囲んでカレーを食べる想像をした。もちろん、涼乃のお茶付き。これではお茶会というよりは昼食会だ。

「それはそれでアリかも?」

 今は高校が夏休みになってしまったので、学校で昼食時にご飯を食べながら雑談するような時間が減ってしまっている。そもそもカレーに合うお茶ってあるんだろうか、部屋にカレーの匂いが染みついたら嫌だな……そんなことを考えながら、道を左へ。

 道の先には灰色の少し大きな船が見えた。

 「今日はあれに乗るわけじゃないんだよね」

 今見えているのは戦艦三笠で、今回猿島に向かう船ではない。

 「ちょっと気になるけど、船のチケット取らなきゃ」

 道の信号待ちで調べていた時、猿島行きの船がちょうど待たずに乗れる時間で出発するということを突き止めていた。すぐ近くにチケットを発行している建物があって、特に並ぶこともなく、トラブルが起きることもなくチケットは取れた。

 建物を出て桟橋前で待っていれば、間もなく猿島から船がやってきた。小さくも大きくもない、2階建ての白い船。

 1階部分には座席があり、2階部分は景色を立ち見できるスペースになっていた。迷わず2階まで上がって、手すりに手をかけた。しばらくすると船は港を離れて、少しだけ遠くに見える猿島へと近づいていく。もう島にある建物がわずかに見えるくらいには近い距離で、片道10分程度しかかからないらしい。

「これくらいだったら、拓也も酔い止めなしで乗れるかな」

 拓也は乗り物酔いしやすいタイプで、昔は修学旅行前にもなるとまだバスにも乗っていないのに死んだ顔をしていた。数年前から酔い止めが効き始めて、今ではもう死んだ顔をすることはなくなったが、それでも酔い止めは必須で、拓也本人のみならずなぜか結城も拓也のために酔い止めを常備している。

 海風が茉莉の髪を揺らした。風のほうを向けば、横須賀の街を離れた位置から見渡せる。海沿いには高層の建物が立ち並んでいて、その奥は丘陵になっていた。遠く北のほうには、工業地帯の煙突やクレーンらしきものも見える。

「あれが京浜工業地帯なのかな」

 いつかの社会科の授業で聞いたことがあるし、資料集でもその写真を見た記憶がある。旅を始めてから、教科書やテレビで見たものをその目で見る機会が増えた。それに比例して、授業の、特に社会科のものとか、いつも見ているテレビも、昔よりもちょっぴり魅力的に映るようになったことを思い出していた。帰ったら見る旅行番組のことも。

 船のスピードみたいなゆったりとした雰囲気にも慣れて、手すりにもたれているこの時間が心地いいと思い始めたあたりで、船は猿島に到着した。ここに来るまでに少し調べたときに写真で見た昔の建造物は、ここからは見えない。桟橋を渡り終えた場所には、帰りの船の時刻表があった。

「次の5分後はさすがに無理だから、1時間半後のやつに乗ることになるかな」

 この島を一周して戻ってくるのにはちょうど良い時間に見える。

「これで最終便!?……急がなきゃ」

 島の散歩コースの入り口へと急いだ。

 道は整備されていてかなり歩きやすい。左右には人工物の気配の感じられない木々と崖が見える。空気が澄んでいて心地よく、厚さのピークも過ぎていて、道の向こうから心地いい風が吹く。その景色も間もなく変わって、茉莉の見たかった景色が見え始めてきた。

 両側の崖は苔むして深い緑の石レンガでできた壁に代わって、それが奥まで続いている。あたりはしんと静まり返って、何か声を出しても両隣の石に吸われてしまいそうな雰囲気になっている。

 猿島は東京湾の横須賀から1.5キロメートルほど東に位置する、面積わずか5万㎡の無人島。島内には明治時代ころから戦前にかけての首都防衛拠点の一部としての要塞の遺構が残されており、そこがドラマの撮影で使われたことや、アニメの世界を連想させるとして、今も多くの観光客が訪れている。島内では散策のほか、島の施設を利用してバーベキューを楽しむこともできる。

「時間が止まってるみたい、でもちゃんと動いてるんだよね」

 繁茂した苔や草がレンガにまとわりついているのが、時間が過去から今につながっている証拠。頭上の木々が日光を遮って、視界が薄暗くなっていく。目の前にはトンネルが現れて、探検気分に心が躍った。

 足音が耳にまで響く。さっきよりも薄暗くなったトンネルの中、左右にたまに現れる遺構にちらと目をやりながら前に進んだ。

「ここが砲台跡……らしいけど、砲台がないから『砲台跡』って感じしないな」

 トンネルを超えて左に曲がってたどり着いた砲台跡には、砲台を載せていただろう円形の台座と、その解説が書かれた看板のみが残されていた。この看板がなかったら、そもそもこれが砲台の跡だったということにも気づけなかったかもしれない。ここで行き止まりだったので、引き返して別の道へと向かった。

 引き返して別の方向の道に行った先にはもう1つ分かれ道があった。とりあえず、展望台があるらしい左の道へ。右の道は島の入り口へと戻っていく道のようだ。

 展望台は思っているよりもすぐ近くにあった。木々で遮られていた空がだんだんと見えてきて、この展望台だけがやけに明るい。

 すぐ南には浦賀の景色、そして海を挟んで向こう側の遠くのほうには富津が見える角度に展望台がある。海を何隻かの貨物船がゆっくりと動いていて、それ以外の景色に動きはない。

「静かで、落ち着けるなぁ」

 木の柵に手を置いて、茉莉は景色をじっくりと見た。相変わらず貨物船はゆっくりと動いていて、それをぼうっと眺めている時間が少し心地いい。どこかで似たような感覚を味わったような気がして、それがどこだったか思い返したら、江の島の水族館でクラゲを見ていた時間だった。もうあと数十分はこうしていられるような気がしたけれど、腕時計を見て、帰りの船が出発する時間まで1時間を切っていることを知ったら、柵にへばりつくようについていた手を放して、島の入り口へ戻る道へと歩いて行った。

 入口へと帰る道は城ケ島のような森の中の道になっていた。こちらのほうが木々の生え方が乱雑で、日光が遮られていて薄暗いくらい。体には疲れが溜まりきっていたけれど、歩くのもこれで最後と思えば、充電ギリギリのスマホみたいな力で風を切るのを楽しめる。道の途中、広場のような場所で老朽化して打ち捨てられた展望台を見てからは、「ある日目が覚めたら世界から人がいなくなっていて、どの建物もこの島の建物みたいに苔が生えて朽ち果てていたら、どうやって生きていこう」みたいなことを考えながら歩いた。最初は自分一人だけでどうしようかと考えていたけれど、結局さみしくなって途中から涼乃と結城と拓也が妄想の中に登場した。いつもの3人が現れてからは想像はより膨らんで、皆で廃線跡に沿って大宮を出たあたりで、ちょうど猿島の入り口近くまで戻ってきた。

「戻ってきた〜。楽しかったな」

 帰りの船までは残り30分程度。今残っている体力では歩いて時間を潰せそうにないので、建物の横にあった自販機で水を買って、テラスにある一番海に近いダイニングテーブルの椅子に一人腰かけて、海を眺めて船を待つことにした。眼下の砂浜では老夫婦が散歩していた。海の向こうに見える横須賀の街は、ここからではあまり車などの目立った動くものがないから時間が止まったように見える。静かに、海のように時間が過ぎていく。

「寝ちゃいそう」

 あまりに静かに時間が過ぎるものだから、強い睡魔に襲われる。すでに何度かうとうとして、頬杖をついていた腕がバランスを崩したりしている。瞼の裏には今日の景色が張り付いている。

 本当に眠ってしまいそうになった時、涼しくて優しい風が茉莉の背を撫でた。それに合わせて顔を上げたら、ちょうど帰りの船が桟橋に到着しようとしているのが見えて、茉莉は席を立った。少し立ち眩みがする。

 今回は横須賀の街に戻るまで船内の椅子でゆっくりと過ごすことにした。船着場から横須賀駅までは歩くのに少し時間があったから、そのための体力を温存しておかなければいけなかった。全身は疲労感に包まれているけれど、茉莉はそれが今日一日の充実を示すものと知っていたから、どこか誇らしさがあった。

 「もうすっかり夕方。名残惜しいけど帰らなきゃ」

 茜に染まった空の下でも、どこかで蝉が元気に鳴いている。

 「その前に、お土産買って帰らなきゃね」

 海鳥の声が聞こえる。横須賀ポートマーケットのほうへと向かった。

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