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母へ、私は  作者: ヤマト
第一章 名もなき者

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第四話 家族


教会を出たあとも、

あの言葉が、頭から離れなかった。


——女神サラ。


名前を聞いただけなのに、

胸の奥が、わずかにざわつく。


理由はわからない。


ただ、触れてはいけないものに触れたような——

そんな感覚だけが、残っていた。



 *



前から、楽しそうな声が聞こえてくる。


娘が何かを見つけてははしゃぎ、

母親がそれに応えている。


二人は並んで歩いていた。


その少し後ろを、私は歩く。

その距離が、ちょうどよかった。



「ほら」


不意に、母親が振り返る。


「あんたもこっち来な」


一瞬だけ、足が止まる。



それでも、

私は前に出た。


隣に並ぶ。


それだけのことなのに、

少しだけ、距離が近くなった気がした。


温かさが、届く。



 *



家に帰ると、母親が夕飯の支度をし始める。


「お姉ちゃん、さっきのお洋服着てみて!」


娘にそう促されて、

私は言われるまま着替える。


布が身体に触れる。


「わぁ!やっぱりとても似合ってるね!」


娘は自分のことのように喜ぶ。

その姿を見ると、私も嬉しくなった。


——こんな感情は初めてだった。


「……ありがとう」


自然と口から溢れた。


「……お姉ちゃんが笑った!」

「お母さん、お姉ちゃんが笑ったよ!」


私の顔を覗き込んだかと思えば、

そのまま、部屋中をぱたぱたと駆け回り始める。


その様子を、ただ見ていた。

胸の奥が、少しだけ温かい。


「そりゃ、人間誰だって笑うさ」

「サラは、少し不器用なだけだよ」

「あまりいじわるするんじゃないよ」


母親はそう言って、

娘の頭を軽く小突いた。


「さ、夕飯にするよ」


母親がそう言って、台所へ向かう。


娘はまだ興奮した様子で、

私の手を引いた。



 *




食事が終わり、母親が片付けを始める。


私は、その横に立った。


「手伝いたい」


そう言うと、母親は少しだけ目を丸くして——

ふっと、笑った。


「そうかい、じゃあこっちを頼むよ」


何をすればいいのかは、すぐにわかった。



「ねぇねぇ!」


ぱたぱたと足音が近づいてくる。


「アンも手伝う!」


母親はため息をついた。


「いいからあんたは座ってな」


「えー!」


アンは頬を膨らませて、

そのまま私の袖を引っ張る。


「お姉ちゃんはいいのに!」


少しだけ間があって——


「……終わったら、一緒に遊ぼう?」


目を潤ませながら、娘が私の顔を覗き込む。



「悪いけどさ」


少しため息をつきながら、母親が言う。


「これが終わったら、アンの相手してやってくれるかい?」



私は、小さく頷いた。

頼られることが、少しだけ嬉しかった。



 *



片付けが終わる頃には、

外はすっかり暗くなっていた。


「終わった!」


娘が、待ちきれない様子で駆け寄ってくる。


「約束だよ!」


私は、頷いた。


「じゃあ、これ!」


娘は嬉しそうに、本を抱えてくる。



椅子に座ると、

娘は当然のように膝の上に乗ってきた。



ページをめくる。


指で絵をなぞりながら、

娘は楽しそうに声を上げる。


私は、それをただ見ていた。


温かい。


ページをめくるたびに、

その温もりが、少しずつ広がっていく。


「ねぇ、ここ!」


娘が笑う。


それにつられて、

私も、少しだけ笑った。


——ここにいたい。




娘は、いつの間にか静かになっていた。

膝の上で、小さく呼吸を繰り返している。


眠っているのだと、気づく。


その重みが、心地よかった。



「まるで、本当の姉妹みたいだね」


向かいに座るエマが、穏やかにそう言った。



「……エマ」


名前を呼ぶ。

それだけで、胸の奥が少しだけ熱くなる。


エマは、目を丸くした。


「私——」


少しだけ、言葉に迷う。



「たくさん仕事手伝うからさ」

「ずっとここにいたい」


エマは、少しだけ目を細めた。


それから、ふっと笑う。


「なに言ってんだい」


軽く肩をすくめる。


「あんたはまだ子供じゃないか」


そう言って、私のそばに寄る。


「仕事のことなんて気にするな」

「好きなだけいればいいさ」


エマは、少し乱暴に私の頭を撫でる。


「アンも喜ぶしさ」


「——それに」


エマは、少しだけ言葉を探すようにして、


「もう、家族みたいなもんだろ」


そう言って、

私とアンの頭を、まとめて撫でた。



「……ありがとう」


言葉と同時に、

涙が、溢れた。


止めようとしても、止まらない。



「お姉ちゃん、泣いてるの?」


アンが、眠い目をこすりながら

私の顔を覗き込む。



私は、アンの頭を撫でた。



すると、アンは安心したように向き直り、

私に抱きついたまま、眠りについた。


私は、顔を上げると、

エマと目が合った。


二人で静かに笑い合った。



 *



穏やかな時間が流れていた。



——コンコンコン。


玄関の扉が、叩かれる。


「なんだい、こんな夜更けに」


エマは小さく不満をこぼしながら、

玄関へ向かった。



「はーい、今行くよ」

「ちょっと待ちな」



その声で、アンが身じろぎする。


「……お客さん?」


眠たげな声だった。


私は、じっと玄関の方を見た。

なぜか、嫌な予感がした。



「どちらさま?」


エマが玄関の扉を開けた。



——ゴトッ。



何かが、落ちた音がした。



それが何を理解するまでに、

わずかな間があった。



足元に転がっていたのは、

エマの頭だった。

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