第45話 接敵
次の日、舞子は普通にしていた。
…………多分、無理はしているだろうが。
「あー、あー」「うー」
舞子に抱かれた一子と桜晴が、話すように交互に発声している。
「安良子、清見女房、少しの間だけ見といてくれる?」
「「承知致しました」」
「「おぎゃー、おぎゃー」」
舞子から離れた2人の泣き声が響く。
「ちょっとだけ待っててね」
舞子は2人の頬をなぞった。
それでも、泣き止む様子はない。
「雅道、行きましょうか」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
「…………雅道、八子さんは何を伝えたかったのかしらね」
「…………分からないですね」
部屋から一変して、表情が曇った。
やっぱり、無理をしていたのだろう。
「……あら、然子さん、ごきげんよう」
東屋に、これまた豪華な十二単を纏った人が来た。
然子…………って、八子の妹じゃね!?
でも、なんでここに…………。
舞子は極力、自然に挨拶をしようとしていたが、八子の時より、どこかぎこちない。
「舞子様、ごきげんよう。舞子様もお庭を見に来られたのですか?」
「え、ええ」
やっぱり、ぎこちない。
「あちらのお部屋でお話でもしませんか?何かの縁ですし」
然子は依然として、余裕そうな笑顔だった。
少なくとも、年長者に見せるような余裕ではない。
◇ ◇ ◇ ◇
部屋に入った。
その部屋は華美な装飾もされていない部屋だった。
外はよく晴れていたはずなのに、この部屋には光が届きにくくなっている。
そんな唯一の光が届いてくる御簾側に、俺たちは立っている。
「舞子様、ご相談なのですが——」
然子は外で見たときとは違い、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
正直に言って、怖い。
「姉の子、桜晴を返してはいただけませんか?」
その不敵な笑みのまま、舞子に迫った。
「桜晴は皇太子様ですよ。なぜ、然子さんなんかに…………」
当たり前だ。
いくら、姉の子とはいえ、皇太子だ。
現代だったら、通用するかもしれないが、ここでは違う。
「それなら、心配はございません。私も一馬様の妃なんですから」
…………は?
いや、一馬帝天の内妃は八子と舞子だけやぞ。
現代でも習うことだ。
「内妃ではないですが、引き取る資格はあるはずですよ」
舞子は萎縮しているように見えた。
何も言えていない。
「それだけでございます」
絶対にそれだけじゃない。
たしかに、それが本当なら論理的には合っている。
絶対、何か裏がある。
「元々は姉の子でございます」
そうやけど…………。
「さあ、早く」
然子が舞子に一歩近づいた。
俺は鞘と柄に手を掛けて、舞子の近くに寄った
でも、相手も妃な以上、斬ることは出来ない。
抑止にはなって欲しいという期待からだった。
「……それは出来ません」
思わず、舞子の方を見た。
その顔は萎縮しているようには見えなかった。
覚悟を決めている顔だ。
「一馬様からのご命令です」
「じゃあ、私も一馬様からのご命令を持っているとしたら、どうされますか?」
然子は、依然として不敵な笑みを浮かべ続けている。
もはや、こっちの考えが見透かされているような気でさえ、してくる。
「っ、それでも——」
「舞子様ー?」
突然、御簾が上げられると同時に、安良子さんの声がした。
ちょうど良いタイミングだ。
「漢詩のお時間なのに…………。…………お邪魔しましたか?」
「安良子、ごめんね。すぐに行くわ」
「……承知致しました」
そう言って、安良子さんはそっと御簾を下げた。
これで有耶無耶に出来れば…………。
「そういうことだから」
舞子は愛想笑いを浮かべて、部屋を後にした。
俺は、舞子のことを気にかけた。
にしても、然子のあの不敵な笑みが脳裏に焼き付いて、離れない。
夢にも出てきそうだ。
桜晴を返せ、か…………。
普通のことなんだろうけど、なんかあかん気がする。
決めるのは舞子やけど、もし意見が出来るのなら、全力で止める。
「(……返す、ね)」
舞子は後ろにいる俺にだけ、聞こえる声量で、呟いた。




