第32話 無礼講だよ!!
俺は制服の包みと同じところに、香の入った箱を置いた。
その後、安良子さんを待ってすぐに舞子の元へ戻った。
「あっ、そうだ!!宴を開きましょう」
舞子は何かを思いついたように、宴の開催を宣言した。
部屋にいたのは俺たちの他に、香合わせに参加していない女房が10人ほど。
全員が急なことに戸惑っていた。
「今なら、準備は間に合うでしょう?そんな大規模にはしないから」
その困惑を察知したのか分からないが、少し上目遣いで何かをお願いする子供のような感じで、部屋にいる人たちを見ていた。
舞子みたいな人でもそんな表情するんやな…………。
「お願い」
再度、同じように頼まれる。
一人の上級女房が、観念したかのように口を切った。
「……承知致しました」
舞子がこんなにも駄々をこねる、じゃないけど、急なことを頼み込むのは珍しい。
仕え始めてまだまだやけど、そんな性格じゃないってことは分かる。
なんでこんなにも急に…………。
◇ ◇ ◇ ◇
準備は急いで行われた。
そして、夜になってもお世話係や女房しか居なかった。
そもそも、それ以上に座れる場所がない。
「さぁ、今日は無礼講よ。明日のことなんか気にせずに楽しんでちょうだい」
大規模じゃないって、このことか。
身分が高すぎる人たちをもてなさくていいから、大掛かりにしなくてもいい。
舞子は位高すぎるけどね…………。
無礼講とはいえ、全員が舞子に向かって頭を下げた。
その後は各々自由に食事を楽しんだり、お酒を呑んだりしていた。
俺が案内されたのは舞子の本当に近い席だった。
もちろん俺にもお酒が出されたが、呑めなかった。
舞子に何かあってはいけないし、そもそも初酒をタイムスリップ中にするのは良くない気がする。
その代わり、舞子にお酒を注ぐ。
色んな意味で良いのか分からなかったけど…………。
舞子は嬉しそうな表情で、ちょっとずつ呑んでいた。
せめて、この宴の最中では何も起こらないといいけどな…………。
「雅道」
「はい、何でございましょうか?」
「もう、無礼講って言ったでしょう。敬語なんて要らないわよ」
舞子は酔っ払っているわけではなさそうだったが、いつもの笑顔に磨きがかかっているような気がした。
「も、申し訳ありません…………」
「まぁいいわ。雅道、仕えるようになって、困ったことはある?」
「え、えっと…………」
俺は言い渋った。
無礼講とはいえ、愚痴を言って良いものなのか?
「遠慮せずに言ってちょうだい」
その間も舞子は、ニッコニコの笑顔で、俺の返事を待っていた。
「…………強いていうなら、礼法が合っているのかよく分からないことでしょうか」
感覚や周りに合わせてやってきているが、合っているのか分かっていない。
正直、何回も失礼を働いている気がする。
「え、それだけ?」
舞子は、急にキョトンとした表情で聞いてきた。
そんな意外なことだったか…………?
「は、はい…………」
「何も礼法を欠かしていないわよ?むしろ、周りがやらないこともしているぐらいだから、好印象だけれど…………」
え、むしろ多いぐらいやと…………?
そんなことあります?
「そ、そうだったんですね…………」
「そうよ。だから、誇りにしなさい。他に心配なことがあったら言ってね。せっかく側に居るんだから」
「ありがとうございます」
なんか、不思議な感覚や。
タイムスリップなんてあり得ないはずやのに、こっちの時代で育ったような感覚になる。
「ましゃ、みちさん」
「はい、…………え」
声のしたほうを見ると、フラフラしながら歩いてくる安良子さんが居た。
顔が真っ赤だ。
酔っ払っているのか…………?
「ましゃ——」
安良子さんは俺の膝の上で倒れた。
そして、すぐに寝息をかいた。
「安良子がこんな呑むなんて珍しいわね…………」
「そうなんですか?」
舞子は寝息をかいている安良子さんを覗き込んで、不思議そうな顔をしていた。
確かに、お酒を呑むイメージはない。
「いつもは恐れ多いからって、呑まないのだけれど…………無礼講って言ったからかしら?」
すると、安良子さんの目がゆっくりと開いた。
もう起きたのか…………?
「まいししゃま…………」
目を開き、安良子さんはムクリと起き上がり、舞子の方へ向かっていった。
その姿はまるで、血色のあるゾンビみたいだった。
「ちょ、ちょっと、安良子さん!?」
「安良子、止まって!?」
そう言っても、安良子さんが止まる気配はない。
いつの間にか、その様子に部屋の注目が集まっていることが分かった。
俺は少し躊躇ったが、安良子さんが失礼を働かないように、もうすぐ舞子に届くか瀬戸際のところで、距離を取らせることに成功した。
「まいししゃまに、ようじがあるんです!!おはなしくだしゃい!!」
安良子さんはすごい勢いで何回も拳を振り出していた。
何回も、俺の顔面に当たりそうになる。
「あ、安良子さんの部屋に連れていきます!!」
俺は安良子さんをおんぶし、何回も頭殴られながら、部屋を後にした。
その間も安良子さんは叫び続けていた。
部屋の中は完全に時の流れが止まっていた。




