第31話 香合わせにもあれがあるの……!?
引っ越した次の日、俺は香合わせに参加することになった。
香合わせとは、いくつかの混ぜられた匂いを当てるものだ。
曖昧な記憶になってしまった博物館で見た。
朝イチに出勤した俺は、舞子から「参加しない?」と猛アタックを受けて、することになった。
何回も俺は「分からないから、参加しても…………」ということを伝えたが、そこは気を利かせてくれるらしく、安良子さんの隣で座らしてくれるらしい。
…………正直そこまで言われれば、断りづらい。
「では、こちらから」
司会者らしきお坊さんが最初の粉を配り始める。
香合わせは、舞子の前で行われた。
かといって、舞子は参加していない。
参加者は行幸の時に姿を見せた貴族らしき男性らがほとんどだった。
ちらほらと、舞子の女房が参加しているが…………。
安良子さんは舞子が言っていたように、俺の隣に座っている。
「(まずは、全体を嗅ぎましょう)」
そう耳打ちされ、俺は安良子さんと同じ要領で匂いを感じ取ろうとする。
安良子さんは目を閉じて、粉が盛られた器を、鼻の周りで回していた。
鼻に全神経を集中させているのだろうか…………?
…………これは、何かの花か?
ほんのり甘いような香りの後に、酸っぱいような…………。
かと言って、不快な酸っぱい香りではなく、どこか癖になる酸っぱさ…………。
「(次は、匂いの特徴ごとに何かを考えましょう)」
匂いの特徴…………、この粉でいう甘い香りと酸っぱい香りか。
甘い香りは、どこかで嗅いだことある気がする…………。
けど、思い出せない。
…………でも、外にいるような気がする。
甘い香り、外にいるような感覚。
…………分からん。
植物特有の香りであることは分かったけど、それ以上は分からない。
というか、それ以上に情報を入れようとすると、酸っぱい香りが邪魔をしてくる。
俺は、一旦酸っぱい香りの正体を探すことにした。
この酸っぱい香りは嗅いだことがある。
柑橘系だ。
レモンほど口が萎む酸っぱさはない。
柑橘フルーツの香りだ。
てことは、みかんか…………?
…………うん、みかんやな。
この香りはみかんしかない。
あとはこの甘い香りの正体や。
この甘さ、食べ物系か…………?
でも、こんな弱い甘さの食べ物なんか…………。
…………あっ!?もしかして、桜か?
少なくとも現代では、フレーバーとか香水とかでは使われる。
この弱さは、桜フレーバーにもよく似ている。
確証はない。
けど、みかんと桜に賭けるしかない。
俺は目を開けた。
長く目を瞑っていたせいか、視界がぼやけたままだ。
目をパチパチしてできるだけ早く、その状態から解放されるのを待った。
視界がクリアになった後、周りを見渡すと全員が自分のことを見ていることに気がついた。
…………もしかして、最後に残ったん、俺?
「……回収します」
そう安良子さんに言われて、なんか微妙な空気感の中、器を渡す。
まさかやとは思うけど、当意即妙って香合わせにも適応されんの…………?
「(雅道さん、正直に言って、遅すぎでございます。皆さん、お怒りですよ)」
回収され、次の粉を準備している間、安良子さんに耳打ちをされた。
…………適応されるんかい。
だから、か。
やっちゃったな…………。
香合わせは10回行われた。
2回目以降は出来るだけ、早くしようとしたが、それでも遅かった。
その度に、安良子さんと舞子を除いて冷たい視線を向けられる。
正直、居心地が悪かった。
「安良子、雅道は前に来なさい」
冷たい視線を向けなかった舞子が、気を悪くしたような声で呼びつけられた。
内心、イラついていたのだろうか…………?
他の参加者は部屋を出る中、俺たちは恐る恐る舞子の前に座る。
「も、申し訳ありません…………!!」
俺はすごい勢いで土下座をした。
それしか、生き残る道は無いと思ったから。
「雅道、頭を上げなさい」
そのままの声で指示された。
俺は震えながら頭を上げる。
「さっきは怯えさせたわね。はい、これ」
頭を上げた後、舞子はいつもの嬉しそうな声で俺と安良子さんの前に一つずつ箱を置いた。
…………え、どういうこと?
理解が追いつかん…………。
「こ、これは…………」
「お香よ。訓練に使いなさい。安良子は必要ないと思うけど、せっかくだし受け取ってちょうだい」
「で、でもこれは舞子様のために取り寄せられたものじゃ…………」
舞子のために取り寄せられたもの!?
いやいや、なんでそんなものを俺たちに…………。
「いずれ、こうなることは分かっていたわよ。取り寄せた時からね。でもね、良い経験になると思ったからこそ、参加してもらったのよ」
分かってたんかい…………。
でも、舞子なりの優しさなのか…………?
「だから、遠慮せず貰ってちょうだい」
「「ありがたき幸せでございます…………」」
「ほら、見つからないうちに部屋に置いてきなさい」
「「はい!!」」
俺たちはバレないように、そして大事に箱を抱えて舞子の部屋を後にした。
その箱にはじんわり、舞子の温かさがあった気がした。




