第16話 ここに居るから
「ここは執務室です」
「舞子様は——」
途中で言葉が詰まった。
万が一のことを考えると、聞きづらい。
「(…………後で聞きますね)」
◇ ◇ ◇ ◇
「これで、以上です」
内宮は思ったよりも狭かった。
いや、現代のいわゆる別荘よりは、遥かに広い。
けど、もう少し大きいものだと思っていた。
「(こちらへ)」
安良子さんに、袖を引かれた。
安良子さんの部屋の屏風の裏へと連れて行かれる。
タイムスリップした時よりは、優しく押し込まれる。
「(先程、何を聞こうとされたのですか?)」
「(えっと…………舞子様って、あそこで執務してないんじゃないかなって)」
「(そういうことですね、安心しました。今は基晴様しか使っておられません。舞子様は何かあってはいけないので)」
これは大丈夫やってんな。
…………本当に見分けがつかない。
「(雅道さん、本当にお気を付けくださいね)」
安良子さんは、蔵の時のように袖を掴んだ。
更に、顔を近づけられた。
…………だから、近いって。
「(はい…………)」
安良子さんは、袖から手を離して一息ついていた。
「(…………この際だから、聞いておきたいんですけど、安良子さんが扇子を使う時と使わない時って、どういう風に分けているんですか?)」
何の脈略もない。
けど、前々から気になっていたこと。
今しか聞けないかもしれない。
「(…………手が塞がるかそうじゃないかです。たまに忘れてしまう時もありますけど…………)」
安良子さんは一変して、顔を真っ赤に染め上げていた。
…………もしかして、これも恥ずかしい話題やった?
「(もしかして、恥ずかしい話題でした?)」
「(…………いえ、そんなことはありません)」
その割には、モジモジもしている。
…………さっさと、部屋を出たほうがいいのかもしれない。
「(今日はありがとうございました)」
「(まっ…………いえ、何か分からないことがあれば、言ってくださいね。私はここに居ますから)」
頼もしいな。
◇ ◇ ◇ ◇
夜まで何も無かった。
けど、漢文の勉強だけは欠かさなかった。
退勤する音も消えて、虫の音しか聞こえない。
「(雅道、起きているか?)」
「(巳之助さん、どうされたんですか?)」
巳之助さんが、白一色のラフな服装で、部屋に来た。
もしかして、舞子に何かあったのだろうか?
その割には落ち着いている気もするけど。
「(剣術の特訓をしないか?)」
「(今からですか?)」
もうほとんどの人は寝付いているぞ?
「(今やからや。夜に誰も起きてない方が、怒られないんや)」
「(そうなんですね…………)」
俺は竹刀を渡されて、前にある庭に出た。
巳之助さんがどんなことをして、舞子に受け入れられたのか、知らない。
けど、俺が勝てるわけがない。
「じゃあ、行くぞ」
「うわっ!?」
始まって早々、巳之助さんはすごい速さで竹刀を振り上げて、こっちに来た。
間一髪、竹刀で抑えることができた。
けど、力が強くて、押し返すことができない。
「い゙でっ」
抑えるのにも限界がきて、押し負けてしまった。
「おお、元町人にしては強いな」
「…………もう一戦、お願いします」
「おう、ええぞ」
なぜかは分からない。
さっきので、体力はほぼ持っていかれた。
けど、自分の中の何かが、これで終わることを許せない。
「行くぞ」
同じ要領で来た巳之助さんを、今度は横にかわした。
もちろん、舞子の警備をする以上、実戦でこの戦法はめちゃくちゃ危険だ。
けど、その分、お腹に竹刀を突きつけた。
もちろん、本気で突いていない。
シチュエーションアウトみたいなものだ。
この戦法は、舞子から距離を取っていれば、十分通用する。
「おお、危険な策に出たと思ったら、そうきたか」
「巳之助さんみたいに、力はないので…………」
「よし、じゃあこれから毎日、ここで稽古するか。付き合ってやる」
「はい!!」
巳之助さんと、固い握手を交わす。
男の友情が、月の下で交わされた。
「じゃあ、俺は仕事に戻るわ」
「お疲れ様です」
一番良いのは、これを使わんくていいことなんよな…………。
…………あれって。
「(どうしたんですか?)」
そこには、扇子で顔を隠した安良子さんが居た。
おしろいは完全に剥がれている。
「(お声が聞こえてきたので…………)」
「(もしかして、うるさかったですか?)」
「(いえ…………、私は起きていたので、気付いただけです)」
良かった、騒音じゃなくて…………。
「(…………どうでしたか?)」
「(うーん…………やっぱり、力が無いですね。特訓しないと)」
「(…………雅道さんなら、大丈夫です)」
「(ありがとうございます)」
月明かりに照らされた安良子さんは、かぐや姫に似ていた。




