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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第7話 ミリア、ひとりで火を灯す

「ふざけるな! この荷札、真っ白じゃねえか! どこに運べばいいんだ!」


「俺に言われても困る! 文字の自動翻訳も、契約印の認証魔法も動かねえんだよ!」


王都の商業地区は、怒号と混乱のるつぼと化していた。


日が落ちて暗闇に包まれた市場には、行き場を失った馬車と荷箱が山のように溢れ返っている。

商人も運搬人も、頭を抱えて立ち尽くすしかなかった。


《大魔導基盤アルカナ》の補助があるのが当たり前の世界。

彼らは普段、他国語で書かれた荷札や複雑な魔法契約書を「自分で読んで」いたわけではない。

自動翻訳の起動句を唱え、視覚に直接意味を浮かび上がらせてもらっていただけなのだ。


補助が消えた今、彼らの目には、荷札も契約書もただのインクの染みにしか見えない。


「このままじゃ物流が完全に死ぬぞ……! 王都中の食料が腐っちまう!」


パニックに陥る商人たちの輪の中へ、俺は静かに足を踏み入れた。


「落ち着きなさい。パニックは何も解決しない」


俺の顔を見た数人の商人が、縋るように駆け寄ってきた。


「あ、あんた! 魔法学院の先生だろ! 頼む、翻訳と物流補助の魔法をかけてくれ!」


「悪いが、それはできない」


俺が首を振ると、商人たちは絶望したように顔を歪めた。

だが、俺はすぐに言葉を続ける。


「《アルカナ》が止まっている以上、元の便利な魔法は使えない。だが……荷物を運ぶための『代わりの方法』なら、今ここで教えられる」


「代わりの方法、だと……?」


「翻訳魔法に頼るから動けなくなるんです。読めないなら、自分たちで新しく分かる『印』をつければいい」


俺は広場の中央に立ち、即席の教室を開いた。


「いいですか。荷物の行き先ごとに、魔力で簡単な『色付きの印』を刻むんです。赤は東区、青は西区というように」


「ば、馬鹿を言うな! 俺たちは魔術師じゃないんだぞ! そんな魔法……」


「魔力量は関係ない。ごく微量の魔力を指先に集め、対象の表面に定着させるだけです。日常的に使っている魔法の、さらに基礎の基礎だ」


俺は手本として、近くの木箱に赤い光の印を指で書き込んだ。

それは数秒で木箱に定着し、暗闇の中でも微かに光り続ける。


「重さが分からないなら、持ち上げる前に魔力で距離と重さを測る基礎式を使えばいい。……さあ、やってみなさい。自分の頭で考え、自分の魔力を制御するんです」


現場で働く彼らは、元々物の扱いには長けている。

最初は戸惑っていたものの、生きるために必死で俺の言葉に耳を傾け、不器用ながらも魔力を練り始めた。


「よし……赤の印、ついたぞ!」

「こっちの荷物は俺が持つ! 少し魔力で身体を強化すれば、補助がなくても運べる!」


少しずつ、だが確実に、停滞していた物流が動き始める。

だが、暗闇の中での作業はやはり危険が伴った。

あちこちで足元がおぼつかず、荷物を落としそうになる者が続出する。


「明かりが足りない……。松明だけじゃ、広場全体は照らせねえ!」


商人が悲鳴を上げた、その時だった。


「私が……明かりを作ります」


背後に控えていたミリアが、静かに一歩前へ出た。


彼女は広場の中央にある噴水の縁に立ち、両手を胸の前で組んだ。

そして、深く、ゆっくりと呼吸を整える。


(俺は、手伝わないぞ。ミリア)


心の中でそう呟きながら、俺は彼女の姿を見守った。

最初に見せた小さな種火。それから数秒の維持。

彼女は俺の授業を、その基礎を、誰よりも真剣に反復してきた。


「魔力指定……広域。属性、光。熱は遮断。対象は、この広場全体」


ミリアの額に汗が浮かぶ。

手動詠唱による魔力制御は、膨大な集中力を要求される。


「暗闇を退け……皆の道を、照らして……!」


彼女が両手を天高く掲げた瞬間。


――カッ、と。


眩いほどのオレンジ色の『灯火』が、広場の上空に生まれ、停留した。

それは風に揺らぐような頼りない火花ではなく、市場全体をはっきりと見渡せるほどの、強く安定した光だった。


「おおっ……! 明るいぞ!」

「すごい……! 起動句なしで、あんな巨大な明かりを維持してるのか!」


商人や運搬人たちが、ミリアの生み出した光を見上げて歓声を上げる。


その光景を、広場の隅で呆然と見つめている者たちがいた。

学院のローブを着た、数人の若い教師とエリート生徒たちだ。

彼らもまた市場に買い出しに来て、暗闇と混乱の中で何もできずに立ち往生していたのだ。


「嘘だろ……あいつ、ノルン男爵家の落ちこぼれじゃないか」

「魔力適性ゼロの底辺が……なぜ、あんな安定した手動詠唱を……?」


彼らは信じられないものを見る目で、ミリアを注視していた。


自分たちが馬鹿にし、見下してきた落ちこぼれの少女。

その彼女が今、エリートである自分たちが起動句を叫んでも出せなかった魔法をたった一人で使いこなし、何百人もの市民の命と生活を導いている。


「俺たちは……基礎を笑っていた俺たちは、暗闇で震えることしかできないっていうのか……」


若い教師の一人が、手にしたまま沈黙している杖を見つめ、ギリッと唇を噛んだ。

彼らはそこで初めて、自分たちが学んできたものが魔法の「上澄み」でしかなかったことを思い知ったのだ。


「……できました、先生」


ミリアが少し息を切らしながらも、嬉しそうに俺を振り返る。

その顔は、誇りに満ちていた。

自分の魔法が、自分の考えた力が、誰かの役に立っているという確かな実感。


「ああ。素晴らしい光だ、ミリア。君の力で、市場が動いた」


俺が微笑んで頷くと、彼女はひまわりのような笑顔を咲かせた。


市場の混乱は収まりつつあった。

職人や商人たちが、不器用ながらも自分たちの手で魔法を紡ぎ、汗を流して荷物を運んでいく。

それは、すべてが自動化されていた昨日までの世界よりも、ずっと力強く、人間らしい光景だった。


俺とミリアが、復旧していく市場を見届けて一息ついた、その時。


――ジジッ……。


不意に、頭上の空から耳障りなノイズのような音が響いた。


「先生、今の音は……?」


ミリアが不安げに空を見上げる。

俺も視線を上げ、そして、目を細めた。


夜空を覆うように展開されている、王都を守護する巨大な魔法のドーム。

その大結界の光が、まるで明滅する古い魔灯のように、不気味に揺らいでいたのだ。


「……結界が、軋んでいる」


都市の生活基盤の停止は、序章に過ぎない。

《源流封印》の段階は、いよいよ王都の防衛機能そのものを脅かし始めていた。


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