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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第6話 財務大臣の屋敷だけ、水が出ない

「クソッ! 泥水ではないか! これが財務大臣に飲ませる水か!」


王都の一等地にある豪奢な邸宅で、バルザックの怒声が響き渡った。

投げつけられた銀のゴブレットが床に転がり、濁った茶褐色の水が絨毯に染みを作っていく。


「も、申し訳ございません、閣下! 屋敷の自動浄水機能が完全に沈黙しておりまして……使用人たちが地下から手作業で汲み上げているのですが、地下水脈の泥が混じってしまい……!」


執事が震え上がりながら頭を下げる。


「言い訳など聞きたくない! 私は王国の財務大臣だぞ! 特権を使って、我が屋敷の水道を直ちに優先復旧させろ!」


「そ、それが……《大魔導基盤アルカナ》は、我々の起動句を一切受け付けず……」


バルザックは舌打ちをし、苛立たしげに執務机の上の書類を乱暴に叩いた。

そこには、王都防衛の新事業に関する契約書と、自動魔法教材メーカーからの多額の裏帳簿が置かれている。

教育予算を削減し、これらの企業に予算を還流させることで、彼は莫大な利益を得ていた。


だが、大元である《アルカナ》が止まってしまえば、彼らが納入する予定の自動魔法教材など、ただのガラクタに過ぎない。


「……あの忌々しい古典魔法教師め。使者の報告はどうなった」


「は、はい。給金を三倍にして主任として迎え入れると提案したのですが……『不要と判断された場所へ戻る気はない。学ぶ意思のない者の相手をしている暇もない』と、鼻で笑われまして……」


「おのれ、平民上がりの分際で! ならば国からの正式な命令だ! 無償で全域の機能を復旧させろと、今すぐ奴に突きつけてこい!」


バルザックは血走った目で怒鳴り散らした。

喉の渇きと、思い通りにならない現実への苛立ちが、彼の冷静さを奪っていた。




同時刻、王都の居住区にある公共井戸の広場。


「ダメだ、何度『浄化』の起動句を叫んでも、濁ったままだ!」

「これじゃあ子供たちに飲ませられないよ……。どうすればいいの……」


空の桶を抱えた市民たちが、泥水しか出なくなった井戸を囲んで途方に暮れていた。

王都の水道は《アルカナ》によって、汲み上げから浄水、各家庭への配水まで完全に自動化されていた。

そのため、いざ機能が停止すると、誰も安全な水の作り方を知らないのだ。


「そこを通してください」


人だかりを掻き分けて進み出たのは、俺とミリアだった。

治癒院での応急処置を終えた後、深刻な水不足の報告を受けて居住区へと足を運んでいた。


「あんた……たしか、魔法学院をクビになった古典詠唱科の……」


井戸の管理を任されている水道職人の親方が、怪訝そうな顔で俺を見る。


「ユーリス・クロフトだ。水に困っていると聞いてね」


俺が井戸の様子を確認しようとしたその時、背後からやかましい足音が近づいてきた。


「見つけたぞ、ユーリス・クロフト!」


現れたのは、バルザックの使いである王国役人だった。

彼は威圧的な態度で俺の前に立ち塞がった。


「王国からの正式な命令だ! 直ちにこの王都全域の水道機能を無償で復旧させろ! とくに、財務大臣閣下の屋敷を最優先でな!」


役人の言葉に、周囲の市民たちが不安げなざわめきを漏らす。

俺は役人を冷たく見据え、はっきりと告げた。


「お断りします」


「なっ……貴様、国からの命令に背く気か!」


「ええ、従いません。俺はすでに学院を解雇された一般市民です。それに、治癒院でも言ったはずだ。命に関わる水は助けるが、王都全域の完全復旧には新たな《継承者》が三十二名必要だ。俺一人の権限では、仕様上不可能なんだよ」


「言い逃れをするな! 貴様が《アルカナ》を独占しているのだろう!」


「理解できないなら、そこで見ていなさい」


俺は喚く役人を無視し、水道職人の親方に向き直った。


「親方。俺が井戸を直すわけじゃありません。あなたが直すんです」


「はぁ? 俺が? 冗談言っちゃいけねえ。俺は魔力量だって底辺だし、いつも『浄化』って叫んでただけだぞ」


「それで十分です。水はそこにある。あとは泥と水を分けるだけだ」


俺は親方の手を取り、泥水の入った桶の上へと誘導した。


「自動魔法に頼り切るから分からなくなるんです。泥を弾く網目を、自分の魔力で編み込むんだ」


「網目を……?」


「属性は水と土。土の魔力を微弱に放ち、泥の粒子を底へ沈殿させる。それと同時に、清らかな水だけを汲み上げる安全弁を構築する。……網目の細かさをイメージしてください」


親方は半信半疑ながらも、目を閉じて魔力を探り始めた。


「泥を……沈める。水だけを、通す網目……」


彼の額に汗がにじむ。

起動句に頼らず、術理を自分の頭で構築する。

それは慣れない者にとってひどく時間のかかる作業だが、彼は市民の生活を支えてきた職人だ。

水という物質の性質は、エリート魔術師よりもずっと肌で理解している。


「……魔力指定。分離。――浄化せよ!」


親方が目を開き、桶に向けて手動詠唱を完了させた。


淡い光が桶の中を通り抜けた瞬間。

茶褐色に濁っていた泥水から、細かい泥の粒子がスーッと底へ沈んでいき、上部には透き通った清水が残った。


「おおっ……! 澄んだぞ! 水が綺麗になった!」


「すげえ……! 起動句なしで、俺の力でやったのか……!」


親方が自分の手を見て震え、周囲の市民たちから歓声が沸き起こった。

ミリアも嬉しそうに拍手を送っている。


「完璧な分離式です。その感覚を忘れないでください。……さあ、他の職人たちにも教えましょう」


俺は親方と共に、集まってきた職人たちへ浄水の基礎式を指導していった。

役人はその光景を呆然と見つめ、何も言い返すことができずに逃げるように立ち去った。


彼らが見下していた「基礎」を、現場の職人たちが目の前で身につけ、問題を解決していく。

権威など、ここでは何の意味も持たなかった。




数時間後。


「閣下……申し訳ございません……!」


バルザックの屋敷に戻った役人は、土下座の勢いで平伏していた。


「どういうことだ! なぜまだ我が屋敷に水が出ない! 居住区の平民どもは綺麗な水を飲んでいると聞いたぞ!」


「は、はい……。ユーリスの指導により、水道職人たちが自力で浄水魔法を習得し、公共井戸を一部復旧させました。ですが、彼らは市民の生活圏を優先しており……貴族街の個別配水管までは、まだ手が回らないと……!」


「な、なんだと……っ!?」


バルザックは愕然とし、よろめいて椅子に倒れ込んだ。


特権を振りかざした財務大臣の屋敷だけが泥水に喘ぎ、彼が切り捨てた落ちこぼれや平民たちが、先に澄んだ水を手に入れている。

これほどの屈辱があるだろうか。


「あの男……! どこまで私をコケにすれば気が済むのだ……!」


バルザックが怒りに震えながら乾いた喉を鳴らした、その時だった。


「大臣閣下! 急報です!」


別の部下が、血相を変えて執務室に飛び込んできた。


「今度は何だ!」


「しょ、商業地区です! 自動翻訳と物流補助の魔法が完全に停止し、市場の機能が麻痺しているとの報告が! 他国との契約書や荷札が一切読めず、暴動寸前です!」


障害は、すでに地区単位で拡大し始めていた。


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