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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第5話 アルカナは教師を覚えていた

暗闇の治癒院に、青白い光の粒子が舞っていた。

無数の粒子が寄り集まり、やがて一人の少女の輪郭を形作る。


無機質でありながら、どこか神聖さを帯びたその姿。

百年前、賢者エルドラの手によって設計された《大魔導基盤アルカナ》の管理人格、アルナ。

伝説の中でしか語られない存在が目の前に具現化したことに、神官たちも、ミリアも、そして宮廷魔術師長のガルドでさえも、息を呑んで立ち尽くしていた。


光の少女は、透き通った声で俺に語りかける。


『保守教育資格者、ユーリス・クロフト。あなたを、機構の正当な操作権限を持つ者として承認します』


「久しぶりだな、アルナ。最後に声を聞いたのは、俺が学生だった頃だ」


俺がそう返すと、アルナは微かに首を傾げるような動作をした。


『肯定。あなたの手動詠唱の署名シグネチャは、百年前の設立者エルドラの学統に連なるものと確認。……現在、王国全土で《源流封印》が進行中です』


「ああ、分かっている。その原因もな」


俺が頷いた、その時だった。


「そこまでだ!」


治癒院の入り口から、何人もの足音と怒鳴り声が響き渡った。

たいまつを手にした護衛の兵士たちを従え、息を切らして駆け込んできたのは、数人の王国高官と、オルグレン学院長だった。


王城の混乱を収拾するため、魔力の残滓を追ってここまで来たのだろう。


「おお……! あれは、まさか《アルカナ》の具現……!」


高官の一人がアルナの姿を見て、歓喜に顔を歪ませた。


「素晴らしい! 探す手間が省けたぞ。おい、お前が《アルカナ》だな! 私は王国の特命を受けた者だ。直ちに王都の魔力供給を再開し、すべての自動魔法を復旧させよ!」


高官の傲慢な命令が、治癒院に響く。

だが、アルナは彼を一瞥すらしなかった。

ただ、空間に冷たい声を響かせる。


『要求を拒絶します。あなたに操作権限はありません』


「な、なんだと!? 私は王国の高官だぞ! この国のインフラであるお前が、我々の命令を聞けないというのか!」


顔を真っ赤にして怒鳴る高官に対し、アルナはどこまでも事務的に、事実だけを突きつけた。


『本日、王国は王立魔法学院における保守者育成機関――古典詠唱科を正式に廃止しました。さらに、外部認証板である《源紋板》を物理的に破壊。これにより、王国は自らの意思で保守教育資格を手放したと判断されます』


その言葉に、オルグレン学院長の顔からさぁっと血の気が引いた。


『賢者エルドラの第一律。「源流を支える者なき時、機構は自ら眠る」。あなた方の決定と行動そのものが、今回の《源流封印》の引き金です』


「ば、馬鹿な……。あのガラクタの板を割っただけで、大魔導基盤が止まるなどと……」


「事実です、学院長」


俺は静かに一歩前に出た。


「あなた方は予算の無駄だと言って、保守のための教育を切り捨てた。魔法の仕組みを理解し、教える人間を不要だと判断した。だから、機構は自律的に眠りについたんです。都合が悪くなったからといって、命令ひとつで元に戻るわけがない」


「くそっ、ならばどうすればいい! このままでは王都の機能が完全に死滅する!」


喚き散らす高官たちを無視し、俺は再びアルナに向き直った。


「アルナ。俺の権限で要求する」


『承ります。ユーリス・クロフト。復旧の指示を』


「命に関わる部分だけの、応急的な回復を頼みたい。この治癒院の最低限の照明と設備の稼働、そして王都の市民のための浄水と水道機能。それだけだ」


アルナの瞳が、わずかに揺らいだように見えた。


『確認。全域の復旧ではなく、局地的な応急処置でよろしいですか?』


「ああ。完全復旧には、新たな《継承者》が三十二名必要だ。俺一人では仕様上、全体を再起動することはできないだろう?」


俺の言葉に、高官たちが息を呑む。

アルナは静かに頷いた。


『肯定。完全解除条件は、手動詠唱と術理の理解を満たす三十二名の《継承者》の存在です。……要求を受理。治癒院および王都浄水施設への、限定的な魔力経路を構築します』


アルナが両手を広げると、彼女の身体から無数の光の糸が放たれ、治癒院の壁や床へと吸い込まれていった。


チカッ、と。

天井の魔灯が、本来の半分ほどの明るさではあるが、確かな光を放ち始める。

同時に、奥の治療室から「水が出たぞ!」「傷の洗浄ができる!」という神官たちの歓声が上がった。


『応急回復を完了しました。ただし、これは一時的な処置です。根本的な解決には、教育による《継承者》の育成が不可欠です』


アルナの姿が、少しずつ薄れていく。


『……あなたの無事を、安堵しています。最後の先生ユーリス


微かな、人間のような感情を込めたその言葉を最後に、光の少女は完全に空間へと溶け込み、消え去った。


治癒院には、薄明かりと、安堵の空気が満ちていた。

だが、入り口に立ち尽くす王国高官と学院長だけは、絶望と屈辱に満ちた顔で俺を睨みつけていた。


「ゆ、ユーリス……貴様、自分だけが《アルカナ》を動かせるからと、我々に対する当てつけか!」


「お門違いも甚だしいですね」


俺は冷ややかに言い放った。


「アルナも言った通り、完全復旧には魔法の基礎を真に理解した人間が、あと三十二名必要です。俺一人に命令したところで、元の便利な世界には戻らない」


「三十二名だと……? ならば、宮廷の優秀な魔術師たちを動員して――」


「起動句を叫ぶしか能のない彼らに、術理が理解できるとでも? 先ほどのガルド殿の魔法を見れば分かるでしょう」


俺が視線を向けると、部屋の隅にいたガルドは悔しそうに顔を背けた。

高官たちも、彼が暴発事故を起こしたという報告は受けているのだろう。返す言葉を持たず、ただ歯噛みするしかない。


自分たちの命令では決して動かない世界の心臓が、追放したはずの、時代遅れの教師の言葉にだけは応じた。

その現実が、彼らのちっぽけな権威を完全に打ち砕いていた。


「助けてほしければ、あなた方も一から魔法を学び直すことです」


俺の言葉は、静まり返った治癒院に重く響いた。




同時刻。

王都の一角にある、豪奢な邸宅。


財務大臣バルザックは、暗闇に包まれた執務室で、ろうそくの火を頼りに報告書を握りつぶしていた。


「……あの落ちこぼれ教師め。ただの偶然か、何か細工をしたのかは知らんが、《アルカナ》の復旧権限を握っているだと?」


報告に駆けつけた部下を睨みつけ、バルザックは苛立たしげに爪を噛む。


彼が推進していた王都防衛の新事業は、すべて《アルカナ》の自動魔法を前提としたものだった。癒着している教材メーカーからの見返りも、基盤が動いていなければすべて紙屑同然となる。


「ふん。だが、所詮は貧乏な平民上がりの教師だ。金と地位には弱いはずだ」


バルザックは、歪んだ笑みを浮かべた。


「おい。明日にでも使者を出せ。これまでの給金の倍……いや、三倍を払ってやると伝えろ。古典詠唱科の主任として呼び戻してやるとな」


彼はまだ、何も理解していなかった。

金や権力で人の心を動かせると、自動魔法のように簡単に世界を操作できると、本気で信じ込んでいるのだった。


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