第33話 アルナの選択
王都の地下深く。
大地の底へと続く果てしない階段を降りきった俺たちの前に、巨大な地底空間が広がっていた。
空間の中心には、大陸全土の魔脈を束ねる巨大な水晶体――《大魔導基盤アルカナ》の真の中枢が鎮座している。
かつては青白く澄んだ光を放っていたであろうその水晶体は、今はゼクスの放つ赤黒い魔力に侵食され、不気味な脈動を繰り返していた。
「来たか、ユーリス・クロフト。そして、足掻く者たちよ」
水晶体の根元にある巨大な操作盤。
その前に立つ黒衣の男が、ゆっくりとこちらを振り返った。
「ゼクス……!」
ガルドたちが身構え、ミリアが俺の背中をしっかりと見つめる。
ゼクスは俺たちを一瞥すると、すぐに視線を俺の隣に浮かぶ光の少女――アルナへと移した。
「アルカナの管理人格アルナよ。製作者たる私の権能において命じる」
ゼクスの赤い義眼が、冷酷な光を放つ。
「私に協力し、アルカナ中枢の不可逆停止プロセスを直ちに実行しろ。愚かな人間たちから、すべての魔法を永遠に奪い去るのだ」
その言葉が響いた瞬間、アルナの体を構成する青白い光の粒子が、激しいノイズを伴って乱れた。
『――コマンドを受領。製作者権限との照合を……開始……』
彼女の無機質な声に、わずかな震えが混じる。
アルナはシステムだ。共同開発者であり、最上位の権限を持つゼクスの命令には、絶対に従わなければならないように設計されている。
『実行プロセスを……承認……。いえ、対象事象は……』
ノイズが激しくなり、アルナの姿が明滅する。
彼女の内部で、ゼクスの「絶対命令」と、エルドラが遺した「第一律」が激しく衝突し、矛盾を引き起こしているのだ。
「アルナ!」
ミリアが悲痛な声を上げる。
ゼクスは冷たく鼻を鳴らした。
「無駄だ。どれほど高度な疑似人格を持たせようと、所詮は私が組んだ術式に過ぎない。製作者の命令には逆らえん」
「……いいや」
俺は杖を下ろし、苦しげに明滅を繰り返すアルナの目の前へと歩み寄った。
「アルナ。君はただの便利な道具じゃない」
俺の言葉に、アルナの明滅がふっと弱まる。
「君は百年間、誰もいなくなったあの教室で、エルドラの教育の記録をたった一人で守り続けてきた。そして今、俺の生徒たちが再び自らの頭で考え、学んでいく姿を一番近くで見てきたはずだ」
俺は彼女の目――システムの光ではなく、彼女自身の意思を探すように真っ直ぐに見つめた。
「人間が再び学び始めたことを、君は知っている。なら、どうするべきか……君自身の意思で選んでくれ。俺は、君を立派な教育の『保守者』の一人だと思っている」
『ほ、しゅしゃ……』
アルナの口から、微かな声がこぼれる。
『私は、記録層の管理人格。……ですが、エルドラの第一律は、人の学びを守ること』
アルナの輪郭が揺らぐ。
ノイズの奥から、いつもよりほんの少しだけ人間に近い声が響いた。
『私は百年間、誰も開かない保守記録を保存し続けました。あれは空白ではありません。教える日を待つ時間でした』
アルナの体を覆っていた激しいノイズが、嘘のようにスッと消え去った。
赤黒く染まりかけていた彼女の光が、再び澄み切った青白い輝きを取り戻す。
『――製作者ゼクスへの返答。いただいたコマンドを、限定的に拒絶します』
アルナが、ゼクスに向かってはっきりと宣言した。
「なんだと……?」
ゼクスの機械の半顔が、驚愕に歪む。
『私は、彼らの学びを記録し、見届ける存在です。よって、システム自らによる停止への協力は行いません』
アルナは俺の横にふわりと並び、俺と生徒たちを護るようにゼクスと対峙した。
システムが、製作者の権能を跳ね除け、教育の原則を守る道を選んだのだ。
「……ふん。機械風情が、エルドラの真似事か」
ゼクスは忌々しげに舌打ちをし、操作盤を強く叩いた。
「お前が協力を拒もうと、結末は変わらん。私が外部から仕掛けた不可逆停止のプログラムは、すでに最終段階に入っている。お前にできるのは、せいぜい進行をわずかに遅らせることだけだ」
水晶体を覆う赤黒い侵食が、ズズズッと音を立ててさらに深部へと食い込んでいく。
『警告。中枢機能の完全停止まで、残り時間はわずかです』
アルナが冷静に現状を告げる。
ゼクスの言う通り、彼女の拒絶によってシステム自体の自壊は免れたが、外部からの破壊工作は止められていない。
「これで分かっただろう、ユーリス・クロフト」
ゼクスが杖を構え、俺たちへ向けて膨大な魔力を放ち始める。
「人間を信じたシステムすらも、共に滅びるだけだ。お前たちのちっぽけな希望で、私の百年の絶望を覆せるものなら……覆してみせろ!」
ズゴゴゴゴゴォォォッ……!!
地鳴りのような轟音と共に、水晶体の手前を塞いでいた巨大な石の扉――中枢の最も深い場所へと通じる最終防壁が、重々しく開き始めた。
「さあ、最終試験だ。世界を救うための答えを、私に示してみせろ」
俺は杖を構え直し、後ろに立つ三十一名の継承者たちへ向けて力強く頷いた。
いよいよ、最後の授業が始まる。
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