第34話 また人間を信じるのか
轟音と共に、大中継晶の最深部を塞いでいた最終防壁が開け放たれた。
地下深くの広大な空間。
その中央に鎮座する《大魔導基盤アルカナ》の心臓部は、すでにゼクスの放つ赤黒い魔力に深く侵食され、不気味な脈動を繰り返していた。
「遅かったな。すでに不可逆の停止プロセスは臨界を超えた」
中枢の傍らに浮かぶゼクスが、俺たちを見下ろして冷酷に告げる。
「もはや私自身が止めようとしても、このシステムは止まらない。世界から魔法の基盤は完全に失われる」
「ふざけるな! 貴様をここで叩き斬ってでも止めてみせる!」
宮廷魔術師長ガルドが激昂し、極大の魔力を練り上げながらゼクスへと杖を向けた。
俺の後ろに続くロイドや衛兵たちも、一斉に戦闘態勢に入る。
だが、俺は片手で彼らを制止した。
「待て、ガルド殿。攻撃は無意味だ」
「何だと!? 奴を倒せば――」
「ゼクス殿の言う通り、これはすでに自律進行する『消去プログラム』だ。彼を力で倒したところで、停止は終わらない。むしろ、中枢を物理的に傷つければ、二度と再起動できなくなる」
俺の言葉に、ガルドが舌打ちをして杖を下ろす。
ゼクスの赤い義眼が、面白そうに俺を捉えた。
「その通りだ。力で解決できる段階はとうに過ぎている。……この絶望的な状況で、お前たちはどう足掻くつもりだ?」
俺はゼクスではなく、隣に浮かぶアルナへ視線を向けた。
「アルナ。エルドラが遺した第一律……機構の停止を上書きするための、正規の『再起動条件』を開示してくれ」
『――了解しました』
システムとしての束縛を抜け出し、自らの意思で俺たちと共に来たアルナが、澄んだ声で答える。
『中枢の強制再起動に必要な条件は三つ。
一つ、補助なしで術理を構築できる《継承者》が、初代と同じ『三十二名』存在すること。
二つ、その三十二名による集団詠唱が行われること。
三つ、それが『教育の継承』によってもたらされたと証明されること』
アルナの言葉が、冷たい地下空間に響き渡る。
『現在、確認されている《継承者》は三十一名。……再起動の規定値まで、あと一名不足しています』
「あと一人……!」
ミリアが焦りの声を上げる。
俺は起点となる「教師」であるため、継承者の数には含まれない。
俺たちの背後では、王女の護衛として同行していた数名の王国エリート魔術師たちが、顔面を蒼白にしていた。
「わ、私がやる! 初級の火球くらい、補助なしでも……!」
エリートの一人が必死に杖を振り回すが、出てくるのは弱々しい火の粉だけで、すぐに掻き消えてしまう。
彼らは長年、起動句というボタンを押すことしかしてこなかった。今この場で「術理を理解しろ」と言われて、即席でできるはずがないのだ。
「無駄だ」
ゼクスが、エリートたちの無様な姿を見て鼻で笑う。
「恐怖に駆られて丸暗記しようとしたところで、源紋は灯らない。《継承》とは、本人が術の理を真に理解した瞬間にのみ成立する。……もう終わりだ。お前たちの世界は、ここで完全に止まる」
ゼクスは、俺とアルナを見つめ、どこか哀しげな声で呟いた。
「エルドラよ……。お前はまた、人間を信じるのか。これほどまでに愚かで、自ら学ぶことを捨てた生き物を」
その問いは、かつての親友に向けられたものだった。
だが、その絶望の底に響いたのは、凛とした少女の声だった。
「――私が、最後の一人になります」
前に進み出たのは、灰色のマントを羽織った銀髪の少女。
王国の次期王位継承者、フェリシア王女だった。
「で、殿下!? なりませぬ! あのような危険な魔力溜まりの前に立つなど!」
「王族たる者が、一介の平民たちと肩を並べて魔法を組むなど、王国の面子が……!」
護衛のエリートたちが慌てて止めようとするが、フェリシアは彼らを鋭く一瞥して黙らせた。
「面子で国が救えますか。……私たちは、自らの手で大切なものを壊し、学ぶことを放棄してきた。その責任は、王家にある」
フェリシアはマントを脱ぎ捨て、王族の飾り気のない、ただ一人の生徒としての顔で、俺と生徒たちの前に立った。
「私はまだ、魔法の基礎を完全に理解していません。……ですが、学ぶ意思はあります」
彼女の瞳は、どんな宝石よりも強く、真っ直ぐな光を放っていた。
「殿下……」
俺が口を開きかけた時、俺よりも先に、一人の少女がフェリシアの前に歩み出た。
ミリアだ。
かつて、魔法の才能がないと誰からも見捨てられ、ただ一人、俺の最後の授業で小さな種火を生み出した落ちこぼれの少女。
「……ミリア?」
「先生。ここは、私にやらせてください」
ミリアは俺を振り返り、優しく、しかし確固たる決意を持った笑顔を見せた。
『教育の継承の証明』。
それはつまり、俺が教えるのではなく、俺から学んだ生徒が、さらに次の誰かへ理を教えるということ。
それこそが、エルドラが最も望んだ「人が人に教え継ぐ」という、教育の連鎖の証明なのだ。
「殿下。魔法は、決して難しいものではありません」
ミリアは、かつて俺が彼女にしたのと同じように、フェリシア王女と真っ直ぐに向き合った。
「私がお教えします。……一緒に、火を灯しましょう」
「……はい。よろしくお願いします、ミリア先生」
王女が身分を捨て、一人の生徒として頭を下げる。
その光景を、ゼクスはただ無言で、食い入るように見つめていた。
崩れゆく世界の中枢で、たった一人のための、最後の授業が幕を開けた。
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