第31話 財務大臣、最後の悪あがき
「そこまでだ! 広場を完全に封鎖しろ!」
『第三の道』に賛同する市民たちの熱気が広場を包み込んでいたその時、金属の擦れ合うけたたましい音が響き渡った。
完全武装した数百名にも及ぶ私兵団が、広場の出入り口を次々と塞いでいく。
彼らを率いて教壇の前へと進み出てきたのは、王国財務大臣バルザックだった。
「何事ですか、バルザック! 彼らは国の正規軍ではありませんね!」
フェリシア王女が鋭く咎めるが、バルザックは脂ぎった笑みを浮かべて首を振った。
「これは国家の非常事態における『治安維持』であります、殿下。自動魔法が停止し、魔王軍が侵攻しているこの混乱期に、平民どもが独自の魔法組織を作るなど言語道断! 暴動の温床でしかありません!」
バルザックは、私兵の槍を背にして傲慢に胸を反らした。
「よって、王国の安全確保のため、この『古典魔法塾』は即刻閉鎖とする! ならびに、今後の魔法教育の権限はすべて国家――すなわち私が直接管理する!」
彼の狙いは見え透いていた。
塾の教育権限を奪い、自分たちの息の掛かった教材メーカーと独占契約を結び、再び巨万の富と権力を握り直すことだ。
私兵たちが武器を構え、市民たちを威圧するように一歩前へ出る。
だが、広場に集まった人々は、誰一人として逃げ出そうとはしなかった。
「ふざけるな! 俺たちはもう、あんたらの言いなりにはならない!」
「ユーリス先生を、俺たちの塾を渡すもんか!」
市場の職人たちや、他国から来た難民までもが、武器の代わりに手動の炎や水球を浮かべ、バルザックの私兵団の前に立ちはだかった。
「ちぃっ……! この愚民どもが! 王国の権威に逆らう気か!」
バルザックが顔を真っ赤にして怒鳴るが、その前にフェリシア王女が静かに、しかし絶対的な威厳を持って立ち塞がった。
「権威を騙るのはおやめなさい、バルザック。この古典魔法塾の教育権限は、王家と交わした正式な契約により完全に独立しています。いかなる理由があろうとも、国家が一方的に閉鎖することは法的に不可能です」
「で、殿下……! しかし、これは特例中の特例で――」
「退きなさい。これ以上、王国の名を汚すことは私が許しません」
王女の凛とした拒絶。
それに呼応するように、ガルドやロイドたちも前に出て、圧倒的な魔力で私兵団を牽制する。
力でも法でもねじ伏せられないと悟ったバルザックは、酷く焦ったように空を見上げた。
「ええい! アルナ! 《アルカナ》の管理人格よ、出ているのだろう! 私は王国の大臣だ! 国家の危機管理権限において命じる、こいつらの魔力行使を即座に制限しろ!」
バルザックは、虚空に向かって唾を飛ばしながら命令を叫んだ。
すると、彼の言葉に応えるように、青白い光の粒子が集まり、アルナが具現化した。
「おお、そうだ! さあ、私の命令に従え!」
バルザックが歓喜の声を上げるが、アルナの透明な瞳は、ただ冷ややかに彼を見下ろしていた。
『――拒否します。対象者バルザック、あなたにはいかなる操作権限も存在しません』
「な、なんだと!? 私は王国の重鎮だぞ!」
『あなたは自らの手で保守教育者の資格を砕き、権能を手放しました。加えて……』
アルナは虚空に巨大な光のパネルを展開した。
そこに次々と映し出されたのは、無数の契約書や裏帳簿の記録だった。
『対象者が、自動魔法教材メーカーおよび派閥企業へ不当に予算を還流させていた記録を公開します。教育予算の効率化は虚偽であり、私腹を肥やすための意図的なインフラ軽視と認定』
「あ、ああっ……! やめろ、消せ!!」
広場に集まった数千人の群衆の前に、バルザックが重ねてきた汚職と癒着の決定的な証拠が、アルカナの絶対的な記録として白日の下に晒された。
「やっぱり、俺たちの血税を掠め取っていたのか……!」
「インフラの点検費用を削って、自分たちの懐に入れていたってことかよ!」
群衆から沸き起こる、地鳴りのような怒りの声。
もはや、彼を守ろうとする私兵すら、市民たちの圧倒的な怒気と証拠の前に武器を下ろし始めていた。
「ち、違う! これは何かの間違いだ! 私は悪くない、私はただ、効率よく国を回そうと……!」
バルザックは、後ずさりしながら必死に言い訳を並べ立てた。
だが、その言葉を聞く者はもう誰もいない。
「……アルカナさえ戻れば」
追い詰められた彼は、焦点の定まらない目で虚空を睨み、うわ言のように呟き始めた。
「そうだ、アルカナさえ完全復旧して元通りになれば……皆、再び自動魔法の便利さに酔いしれるはずだ! そうすれば、教材利権を持つ私の地位も、権力も、すべて元通りに……!」
その姿は、ゼクスが人間に絶望した理由そのものだった。
便利さに縋り、思考を放棄した人間の、それが最も哀れな末路だった。
「拘束しなさい。正式な裁定は、この場で下します」
王女フェリシアの冷酷な命令により、近衛兵たちがバルザックを両脇から拘束した。
彼の「アルカナさえ戻れば」という虚しい叫び声は、広場の喧騒に紛れていった。
「……終わったな」
俺が杖を下ろすと、周囲の生徒たちもほっと息をついた。
『――不当な干渉の排除を確認しました』
アルナが、俺の目の前にふわりと降り立つ。
『保守教育資格者ユーリス・クロフト。これより、《アルカナ》の心臓部への物理的なアクセス制限を解除します』
広場の中央、大地の底から重々しい駆動音が響き始めた。
石畳の一部が魔法陣の形に発光し、ゆっくりとスライドして、地下深くへと続く広大な階段が姿を現した。
ゼクスが待つ、システムの中枢への道だ。
『ゼクスによる不可逆停止プロセスの完了まで、猶予はありません。速やかな突入を推奨します』
「ああ。分かっている」
俺はミリアたちを振り返り、深く頷いた。
最後の悪あがきは退けられた。
いよいよ、世界の行く末を決める最後の授業が始まる。
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