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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第2話 火をつけるだけで、なぜ驚くんですか

太陽が完全に地平線の向こうへ沈み、王立魔法学院は真の暗闇に沈んだ。


普段であれば、廊下や中庭に設置された無数の魔灯が自動的に起動し、夜の校舎を昼間のように照らし出すはずだった。

だが、今は違う。


「『光よ』! 『明滅せよ』! ……なぜだ、なぜ術式が起動しない!」

「誰か、予備の魔晶石を持ってこい! 扉の自動開閉機構も死んでいるぞ!」


暗闇の底から響いてくるのは、かつて己を優秀な魔術師だと誇っていた教師たちの、ひどく情けない悲鳴だった。

彼らは百年前に構築された《大魔導基盤アルカナ》という巨大な補助輪に乗っていただけだ。

その補助輪が外れた今、自力で前に進む術すら忘れてしまっている。


「きゃっ……!」

「押すな! 前が見えないんだ!」


廊下の奥から、生徒たちの怯えた声が聞こえてきた。

暗闇に包まれた校舎内は、すでに軽い恐慌状態に陥りつつある。

階段を踏み外したり、転倒したりすれば、命に関わる二次被害が起きかねない。


俺は静かに息を吸い込み、よく響く声で告げた。


「全員、その場から動くな。壁に手をついて姿勢を低くしなさい」


穏やかだが、有無を言わさぬ声。

教師たちの怒号よりも、俺のその一言が生徒たちの耳に届いたようだった。

周囲のざわめきが少しだけ収まる。


「ユーリス先生……」


俺のすぐそばで、ミリアが不安げにローブの袖を握りしめていた。

彼女の手の中には、先ほど俺が安定させた小さな『灯火』が、周囲数メートルの空間を淡く照らし出している。


「大丈夫だ、ミリア。君のその明かりのおかげで、少なくともこの一帯の生徒は落ち着きを取り戻しつつある」


俺はミリアを労いながら、暗闇の中で立ち尽くす生徒たちに向けて口を開いた。


「いいか、よく聞け。現在、学院内の自動魔法は完全に停止している。起動句を叫んでも無駄だ。魔力だけが吸い取られ、暴発の危険すらある」


「そ、そんな……じゃあ、僕たちはどうやってこの暗闇から抜け出せばいいんですか!」


一人の男子生徒が悲痛な声を上げた。


「簡単だ。自分たちの力で明かりを灯せばいい」


俺の言葉に、生徒たちだけでなく、遠巻きに見ていた教師たちまでが息を呑んだ。


「馬鹿なことを言うな! 手動で詠唱を組むなど、何時間かかると思っている!」

「そうだ! それに、こんな暗闇で精密な魔力操作などできるわけが……」


騒ぎ立てる教師たちを無視し、俺は生徒たちに向き直った。

これは、彼らの命を守るための授業だ。


「火を『出す』ことだけを考えるから難しくなる。目的を明確にしろ。今必要なのは、周囲の足元を照らす程度の小さな光だ」


俺はゆっくりと、最も基礎的な魔法の構造を口にする。


「必要な魔力はほんのわずか。属性は火と光の複合。対象は己の杖の先端、あるいは掌の上。……そして最も重要なのは、安全の考え方だ」


生徒たちが、俺の言葉にじっと耳を傾けている。


「燃やしてはいけないものを強く意識しろ。木造の壁、他人の衣服、自分の肌。それらから熱を遮断し、光だけを抽出する安全弁を頭の中で思い描くんだ。いいか、魔法は力任せに振り回すものではない。理を理解し、制御するものだ」


静寂の中、誰かが小さく息を吐く音がした。

ミリアだった。

彼女は先ほど俺が安定させた灯火を一度ふっと消し、改めて自分の両手を胸の前に掲げていた。


「魔力指定……微小。対象は、私の掌の上。属性は光へ傾ける」


彼女の額に、うっすらと汗が浮かぶ。

これまで何度も俺の授業で繰り返してきた、地道で、非効率だと嘲笑われてきた基礎の反復。


「熱は遮断。光だけを……ここに」


ミリアが目を見開く。


――ポッ、と。


彼女の掌の上に、先ほどよりも少しだけ強い、柔らかな火花が生まれた。

俺は一切、手を貸していない。


一秒、二秒、三秒。

風に揺れるように頼りない光だが、それは確かに、彼女自身の力だけで維持されている本物の魔法だった。


「……できた」


ミリアが震える声で呟いた。

周囲の生徒たちが、信じられないものを見るような目で彼女の掌を注視している。


「すごい……ノルンさんが、自力で魔法を維持してる……」

「起動句なしで……僕たちにも、できるだろうか」


生徒たちの間に、絶望ではない、小さな希望の波紋が広がっていく。

基礎を馬鹿にせず、一つ一つの工程に真摯に向き合った落ちこぼれの少女が、エリートたちに先んじて暗闇を照らしたのだ。


「よくやった、ミリア。素晴らしい集中力だ」


俺がそう褒めると、彼女は照れくさそうにはにかみ、だが誇らしげに火花を維持し続けた。


「ユーリス! おお、ユーリス先生、ここにいたか!」


その時、人混みを掻き分けて、恰幅の良い初老の男が駆け寄ってきた。

オルグレン学院長だった。

立派なローブは乱れ、額には大粒の汗をかいている。


「先ほどの処分は性急すぎた! 財務大臣の意向もあったとはいえ、あれは間違いだった。退職は撤回する! だから頼む、君の力でこの学院の明かりを、自動魔法の復旧を……!」


すがりつくような学院長の言葉に、俺は冷ややかな視線を向けた。


「お断りします」


「な、なぜだ! 君もこの学院の教師だろう!」


「数時間前に、正式に解任されました。それに――」


俺は、足元に転がっていた《源紋板》の破片を拾い上げ、学院長の目の前に突きつけた。


「王国は、古典詠唱科の廃止という正式な手続きを踏み、保守教育者の資格であるこれを自らの手で砕いた。都合が悪くなったからといって、無かったことにはできません」


「そ、それは……」


「生徒たちの安全は確保します。ですが、それ以上の復旧作業を行う義務は、もう俺にはない」


言葉を失う学院長を残し、俺はミリアと生徒たちに向き直った。

ここから一番近い中庭まで誘導し、安全を確保するのが先決だ。


「さあ、ゆっくり進むぞ。ミリア、先頭の明かりを頼めるか?」

「はい、先生!」


俺たちが歩き出そうとしたその時、廊下の向こうから別の教師が血相を変えて走ってきた。


「が、学院長! 王城から緊急の伝令です!」


教師は息も絶え絶えに、信じがたい報告を叫んだ。


「宮廷魔術師長のガルド様が……王城で暴発事故を起こしたそうです!」


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