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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第1話 古典詠唱科は本日をもって廃止する

「王立魔法学院における教育予算の再編に伴い――古典詠唱科は、本日をもって廃止とする」


大理石の円卓が置かれた豪奢な会議室で、オルグレン学院長が重々しい口調で告げた。


俺――ユーリス・クロフトは、静かにその宣告を受け止めた。


驚きはない。

ここ数年、古典詠唱科の予算は削られ続け、教室は学院の隅へと追いやられていた。

「時代遅れ」と陰口を叩かれるのは日常茶飯事だったからだ。


「納得していただけただろうか、ユーリス先生。これも時代の流れというやつですよ」


学院長の隣で、恰幅の良い男が芝居がかったため息をついた。

バルザック財務大臣だ。

丸々と太った指には、いくつもの魔石の指輪が光っている。


「現在、我が国には誰もが簡単に魔法を使える《大魔導基盤アルカナ》が普及しています。短い起動句を唱えるだけで、生活から防衛まで完璧にこなせる。……そんな時代に、わざわざ魔力測定から詠唱式の構築までを手作業で行う学問など、予算の無駄でしかありませんからな」


バルザックの言葉に、円卓を囲む他の学科の教師たちが深く頷く。


「その通りだ。生徒たちも、面倒な古典魔法など学びたがらない」

「エリート魔術師の育成には、最新の自動魔法教材を使うべきだ」


周囲から聞こえてくるのは、あからさまな嘲笑だ。

彼らにとって、魔法とは《アルカナ》という便利な道具を「使う」ことであり、「理解する」ことではない。


俺は小さく息を吐き、静かに口を開いた。


「予算の再編とおっしゃいますが、浮いた予算はどこへ行くのでしょうか」


「もちろん、王都防衛の新たな自動魔法事業へ投資しますよ。最新の教材とシステムを導入し、より強力な魔術師部隊を育成するのです」


バルザックが自信満々に胸を張る。

だが、その新事業とやらが、彼と癒着している自動魔法教材メーカーへの利益誘導であることは、少し調べれば分かることだった。


「そうですか。……ならば、これ以上申し上げることはありません」


俺は立ち上がり、懐から一枚の小さな板を取り出した。

淡い光を放つ、特殊な鉱石で作られた《源紋板》。

それは、古典詠唱科がアルカナの保守教育機関として存続していることを示す外部認証板――すなわち、アルカナの保守教育者の資格を示すものだった。


「規定に従い、《源紋板》を返納します」


俺が円卓の上にそれを置くと、バルザックは鼻で笑った。


「おお、ご苦労。……おい、やってしまえ。そんなガラクタ、もう我が国には必要ない」


バルザックが顎でしゃくると、彼の背後に控えていた事務魔術師が進み出た。

男は躊躇いもなく杖を振り下ろし、硬質な音と共に《源紋板》を粉々に打ち砕いた。


――パリンッ!


破片が散らばった瞬間。


チカッ、と。


会議室を照らしていた無数の魔灯が、一瞬だけ瞬き、わずかに光量を落とした。


「ん? なんだ、今の」

「魔力供給が少しブレたか?」


教師たちは首を傾げたが、すぐに興味を失った。


だが、俺は知っている。

今の一瞬の暗転が、単なる供給不足などではないことを。

王国の《アルカナ》が、最後の保守教育者の資格が砕かれたことを認識した合図だ。


約百年前に賢者エルドラが定めた第一律。

『源流を支える者なき時、機構は自ら眠る』


俺は砕け散った源紋板の欠片を一瞥し、会議室の扉へと向かった。


「ひとつだけ、忠告しておきます」


足を止め、振り返らずに言う。


「あなた方は、何も理解していない。もし、その便利で完璧な自動魔法が止まった時……暗闇の中で、一体誰が火をつけるのですか?」


静まり返った会議室に、数秒の空白が落ちた。

やがて、バルザックの大きな笑い声が響き渡る。


「はっはっは! 負け惜しみも大概にしたまえ! 《アルカナ》が止まることなどあり得ない。仮に止まったとしても、我々優秀な魔術師が起動句を唱えれば済むことだ!」


教師たちも同調して笑い声を上げた。


「これだから時代遅れの人間は困る」

「自分の居場所がなくなるからと、馬鹿げた脅しを……」


嘲笑を背に受けながら、俺は無言で会議室を後にした。




学院の最果てにある、薄暗く埃っぽい教室。

それが古典詠唱科の最後の居場所だった。


俺が教室の扉を開けると、そこには一人の生徒だけが座っていた。


ミリア・ノルン。

男爵家の娘であり、魔力量が極端に低く、自動魔法への適性もないため「落ちこぼれ」の烙印を押されている少女だ。


「ユーリス先生……」


ミリアが不安げな顔で立ち上がる。

俺はいつも通り、穏やかな口調で語りかけた。


「座っていいよ、ミリア。……残念ながら、君に魔法を教えられるのは今日が最後になりそうだ。古典詠唱科は廃止される」


ミリアの肩がビクッと跳ねた。


「そ、そんな……! 先生の授業がなくなったら、私はどうすれば……」


「大丈夫だ。君はこれまで、自動魔法に頼らず、魔法の構造を一つ一つ丁寧に理解しようと努力してきた。その思考の過程は、決して無駄にはならない」


俺は黒板の前に立ち、チョークを手にした。


「最後の授業を始めよう。今日のテーマは『火』だ」


ミリアは小さく頷き、真剣な眼差しでノートを開く。

他の生徒たちが基礎を馬鹿にし、起動句の暗記ばかりに走る中、彼女だけは常に魔法の原理と向き合ってきた。


「自動魔法を使えば、『点火イグニス』と叫ぶだけで誰でも火を出せる。だが、君たちは火を『出す』ことばかりを考えている」


俺はチョークで黒板に魔法陣の基礎構造を描く。


「重要なのは、出した火で『何を照らすか』だ。対象は何か。燃やしてはいけないものは何か。魔力の出力調整と、周囲への影響を計算し、安全弁を組み込む。それが、自らの頭で詠唱を組み立てるということだ」


ミリアは瞬きもせず、俺の言葉を一言一句逃すまいと聞き入っている。


「いいかい、ミリア。魔法は奇跡じゃない。術者の意思と理解を形にする技術だ。決して、考えることをやめてはいけない」


「……はい、先生」


彼女の真っ直ぐな返事を聞いて、俺は小さく微笑んだ。

これなら、きっと大丈夫だ。

小さな種は、すでに彼女の中に撒かれている。


「よし、今日の授業はここまでだ。気をつけて帰りなさい」


「ありがとうございました、ユーリス先生!」


ミリアが深く頭を下げ、教室を出ていく。

俺も私物をまとめ、学院を去る準備を始めた。


その時だった。


廊下から、慌ただしい足音と叫び声が聞こえてきた。


「おい、どうなってるんだ!?」

「『光よ(ライト)』! ……くそ、なんで発動しないんだ!」

「扉の自動開閉式も死んでるぞ!」


俺は静かに教室を出て、廊下を見渡した。


夕闇が迫る中、常に点灯しているはずの学院内の魔灯がすべて消え去っていた。

あちこちで教師や生徒たちがパニックに陥り、意味もなく起動句を叫び続けている。


「『点火イグニス』! 『炎よ(フレア)』! なんで出ない!」


エリートを自称していた教師が、顔を真っ赤にして杖を振り回しているが、火の粉ひとつ舞わない。


アルカナの《源流封印》が始まったのだ。

学院内の部分停止。これはまだ、最初の段階に過ぎない。


「ユーリス先生!」


人混みを掻き分け、ミリアが俺の元へ駆け寄ってきた。

暗闇の中、彼女の手は微かに震えていたが、その瞳にははっきりとした意思が宿っていた。


「先生……皆さんが混乱しています。明かりを……」


「自動魔法はもう機能しない。君ならどうする、ミリア」


俺の問いかけに、ミリアは深く深呼吸をした。

そして、両手をそっと前へ突き出す。


彼女は起動句を叫ばなかった。

目を閉じ、己の魔力を探り、属性を選択し、頭の中でゆっくりと詠唱式を構築していく。


「魔力指定……微小。対象は虚空。安全弁……設定」


不器用で、ひどく遅い。

だが、その工程には一切の省略がなかった。


「――灯れ」


彼女の掌の上に、ポッと小さな火花が生まれた。


「あ……」


それは、風が吹けば消えてしまいそうな、ほんの小さな種火だった。

しかし、自動魔法の補助を一切受けず、彼女自身の力だけで生み出した本物の魔法だ。


「よくやった、ミリア。完璧な手順だ」


俺は彼女の小さな手に、自分の手を重ねた。


「ただ、今の君の出力では維持が難しい。少しだけ、手伝おう」


俺が魔力と式を安定させると、種火はふわりと膨らみ、周囲を柔らかく照らす『灯火』へと変わった。


暗闇に包まれていた廊下が、オレンジ色の光に照らされる。

喚き散らしていた教師たちが、信じられないものを見るような目でこちらを見た。


「な、なんだそれは……」

「起動句なしで魔法を使ったのか……!?」


彼らが馬鹿にしていた落ちこぼれの少女が、エリートたちにできないことをやってのけたのだ。


ミリアは驚いたように自分の手の中の光を見つめ、やがて嬉しそうに微笑んだ。


「先生の言った通りです。火を出すのではなく……何を照らすか、なんですね」


「ああ、その通りだ」


俺は頷き、ふと廊下の窓から外の景色を見下ろした。


眼下に広がる王都の街並み。

夕闇を彩るはずの無数の魔灯が、ひとつ、またひとつと音もなく消えていく。


まるで、文明が眠りについていくように。


「……始まったか」


王国は自らの手で、最後の鍵を壊した。

すべてが自動化された便利な世界は、今日ここで終わりを告げる。


これから彼らは思い知るだろう。

自分たちが嘲笑い、不要だと切り捨てたものが何だったのかを。


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