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『古典魔法?要らない』とクビにされた俺、自動魔法が止まった王国で“唯一まともに魔法を使える人間”でした  作者: 他力本願寺


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第16話 冒険者ギルド、依頼書が読めない

地方の農村での危機を乗り越えた俺とミリアは、アルナからの急告を受け、休む間もなく王都へととんぼ返りした。

馬車を飛ばして向かった先は、王都の中心部に位置する冒険者ギルド本部である。


「ふざけるな! こんな真っ白な紙切れ、読めるわけがねえだろうが!」

「危険度も報酬の条件も分からねえのに、どうやって命を懸けろってんだ!」


ギルドの分厚い扉を開けた瞬間、鼓膜を劈くような怒声が飛び込んできた。

広大なロビーは、血の気の多い冒険者たちと、青ざめた顔で平謝りするギルド職員たちで埋め尽くされ、今にも暴動が起きそうなほどの熱気に包まれていた。


「す、申し訳ありません! ですが、自動翻訳の魔法が完全に停止しておりまして……っ!」


「うるせえ! こちとらベテランだぞ! 今まで通り、パッと見てパッと分かるように依頼書を出せって言ってんだ!」


大剣を背負った歴戦の冒険者が、受付のカウンターをガンガンと叩いている。


冒険者ギルドで扱われる依頼書の多くは、偽造防止のために特殊な魔法暗号で記述されていたり、依頼主である他国の言語がそのまま使われていたりする。

これまで彼らは、複雑な書類を「自分で読んで」いたわけではない。

《大魔導基盤アルカナ》の自動翻訳機能が、彼らの視覚に直接、分かりやすい言語として意味を浮かび上がらせていたのだ。


それが失われた今、彼らにとって依頼書はただの模様の羅列に過ぎない。


「文字が読めないだけじゃないぞ! 『契約確認』の自動魔法も死んでやがる! これじゃあ、俺たちが依頼を達成しても、ギルドが報酬を支払うって保証がどこにもねえじゃねえか!」


冒険者たちの不満は限界に達していた。

魔法的な契約の担保がなければ、命を懸ける彼らが動けないのも当然だ。


「おい、そこを通せ」


俺は人だかりを掻き分け、カウンターの最前列へと進み出た。

ミリアも小走りで俺の背中についてくる。


「ああん? なんだお前は。ひょろっちい優男がしゃしゃり出てく……って、あんた!」


凄んでいたベテラン冒険者が、俺の顔を見てギョッと目を見開いた。


「魔法学院をクビになった……いや、市場の混乱を魔法で収めたっていう、あの先生か!?」


「ユーリス・クロフトだ」


俺は短く名乗り、カウンターの上に散乱している依頼書を一枚手に取った。

確かに複雑な魔法暗号が編み込まれているが、基礎的な術式構造の読み方を知っていれば、読み解くこと自体は難しくない。


「いいか、よく聞け。自動翻訳はもう動かない。誰かがお前たちの脳内に直接意味を教えてくれる便利な機能は、死んだんだ」


俺の静かな声が、騒然としていたロビーに響き渡る。


「だったら、どうすればいい! 俺たちは学者じゃねえ、こんな暗号みたいな文字なんか読めねえよ!」


「学者になる必要はない。魔法暗号には、必ず魔力の『起伏』という文法がある。文字の形を見るのではなく、そこに込められた魔力の流れを追うんだ」


俺は依頼書の一節を指でなぞりながら、即席の授業を始めた。


「赤い魔力の起伏は『討伐対象』。青い起伏は『場所』。そして、一番強い魔力の結び目が『報酬』だ。これまでの経験と照らし合わせれば、どこに何が書かれているかの推測はつくはずだ」


「魔力の、起伏……?」


冒険者たちが半信半疑で依頼書を覗き込む。

だが、長年戦いで魔力に触れてきた彼らの勘は鋭い。

言われた通りに魔力そのものの流れを意識し始めると、ポツリポツリと声が上がり始めた。


「……あ、本当だ。この赤い部分、ゴブリン特有の魔力の臭いと似てる……」

「ってことは、ここは西の森の討伐依頼か……?」


「その通りだ。大まかな条件さえ掴めれば、あとはギルドの職員と口頭ですり合わせればいい」


俺がそう言うと、今度はギルド職員が泣きそうな顔で声を上げた。


「で、ですが、ユーリス先生! 一番の問題は『契約』なのです! 自動での魔法署名ができない以上、依頼の受注を正式に処理できず……」


「それも同じことです。魔法署名を、『ただ名前を書く便利なスタンプ』だと思っているから行き詰まる」


俺は自分の杖を取り出し、先端に微かな魔力を集めた。


「魔法署名とは、自らの魔力を契約書に定着させ、同意の意思を世界に縛り付ける行為だ。大掛かりな補助など要らない。ごく微量の魔力を指先に集め、契約書の指定位置に自分の意思を流し込む。それだけでいい」


俺が手本として、白紙の紙に魔力の光で自分の名前を刻み込むと、紙はその魔力を吸い込んで淡く発光し、定着した。


「……これなら、俺たちにもできるかも」

「でもよ、やり方がいまいちピンとこねえ。魔力を文字の形にするってのが……」


冒険者たちが顔を見合わせて戸惑っていると、ロビーの奥から力強い声が響いた。


「だったら、俺たちが手伝うよ!」


声の主は、市場の騒動で俺の教えを受けた運搬人たちや、非番の衛兵たちだった。

彼らは俺の『古典魔法塾』に通い始め、すでに基礎的な手動詠唱の感覚を身につけている。


「いいか、あんたたち! 魔力を出すときは力むな! 市場で荷札に印をつける時と同じ要領だ!」

「文字の形にこだわらなくていい。自分の魔力の『色』と『意思』を紙に押し付けるんだ!」


塾出身の現場人たちが、ベテラン冒険者たちの間に割って入り、手取り足取り教え始めたのだ。

最初は「素人が」と反発しかけていた冒険者たちも、彼らが実際にスムーズな魔法署名を見せると、素直に耳を傾け始めた。


「なるほど……力まずに、意思を流す……こうか!」


一人のベテラン冒険者が、不器用ながらも指先から魔力を出し、依頼書に署名を刻み込んだ。

契約成立を示す淡い光が、依頼書から立ち上る。


「できた! 契約完了だ!」

「よぉし、俺にも教えろ! 早く仕事を請けねえと稼ぎがなくなる!」


ギルドのロビーは、怒号の飛び交う暴動寸前の場から、互いに魔法の基礎を教え合う活気ある現場へと変わっていった。

塾の生徒たちが、俺の代わりに指導者として立派に立ち回っている。

その光景を見て、ミリアも誇らしげに目を細めていた。


一方で、カウンターの奥にいたギルドの幹部やベテラン職員たちは、恥じ入るように肩を落としていた。


「……我々は、プロの仲介業者だと自負していた。だが……」


幹部の一人が、自嘲気味に呟く。


「書類の細部はおろか、契約の結び方すら本当は理解していなかった。自分たちで読んでいた気になっていただけで……実際は《アルカナ》に『読ませてもらっていた』だけだったとはな……」


彼らは、自分たちが馬鹿にしていた「基礎」の重みを、痛いほど思い知らされていた。

便利な補助輪が外れた時、最後に残るのは己の頭で理解した知識だけなのだと。




その頃、冒険者ギルドの喧騒から遠く離れた、王城の一室。

重厚な扉に閉ざされた薄暗い部屋で、数人の男たちが円卓を囲んでいた。

彼らは、先日の結界崩壊事件で裁量権を剥奪されたバルザック財務大臣の息がかかった、保守派の残党たちだった。


「……聞いたか。冒険者ギルドの混乱も、あのユーリスという男が収めたらしい」

「ああ。連中が立ち上げた『古典魔法塾』とやらの影響力が、日に日に強まっている。今や、平民や現場の職人たちまでが、あの男を英雄のように崇め始めているぞ」


男たちは、忌々しげに舌打ちをした。

自分たちが独占してきた「魔法の権威」が、一介の追放された教師によって根底から覆されようとしているのだ。


「このまま放置すれば、我々の立場は完全に失われる。……あの塾を、野放しにしておくわけにはいかん」


一人の男が、冷酷な光を宿した目で提案した。


「早急に手を打つ。国家の安全保障、そして魔法技術の流出防止という名目で……あの塾を『国家管理』の下に置くのだ」


彼らの暗躍が、新たな火種となろうとしていた。


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