第12話 第一問。魔法とは何か
「では、改めて。古典魔法塾の第一回授業を始める」
一番後ろの席でやたらと存在感を放つ『商人ガル・ドー』こと宮廷魔術師長ガルドを視界の端に収めつつ、俺は教壇に立った。
子どもたち、職人、衛兵、聖女セレスティア、若手教師のロイド、そしてミリア。
様々な事情を抱えた彼らが、俺の次の言葉をじっと待っている。
「第一問だ」
俺は黒板に、たった一言だけ書き記した。
「魔法とは、何か?」
教室が静まり返る。
あまりにも根源的で、だからこそ《アルカナ》に依存しきった現代では誰も考えなくなった問いだ。
最初に口を開いたのは、最後列のガルドだった。
彼は変装の付け髭を揺らしながら、得意げに声を張り上げる。
「そんなもの、決まっている! 己の魔力をもって世界の法則を書き換え、事象を現出させる技術だ! 攻撃、防御、治癒、補助の四系統に分類され、それぞれに定められた起動句と——」
「……教科書通りの回答だな。王立魔法学院の一般教養なら満点だ」
俺が淡々と遮ると、ガルドはむっとしたように言葉を詰まらせた。
「ガルド……いや、ガル・ドー殿。その『事象』とやらを引き起こすために、あなたは何を変えたい? 魔法を使って、どうしたいんだ?」
「ど、どうしたいとは……。敵を倒し、国を守るために決まっているだろう」
「なるほど。では、子どもたちはどうだ?」
俺は視線を移し、市場からやってきた子どもたちに問いかけた。
彼らは宮廷魔術師長のような小難しい言葉は知らない。
だが、その分だけ、事物の本質を真っ直ぐに見る目を持っていた。
「えっとね……」
一人の少年が、少し恥ずかしそうに手を挙げる。
「暗いのは怖いから、夜でも遊べるように明かりが欲しいな」
「私は、お母さんの痛いところを治してあげたい」
「重い荷物を、もっと楽に運べたらいいのに」
次々と上がってくる子どもたちの声。
俺は頷き、黒板の文字の横に追記した。
「その通りだ。魔法とは『何を変えたいか』であり、『何を守りたいか』という意思そのものだ。起動句という命令を叫ぶことじゃない」
俺はチョークを置き、生徒たちと向き合った。
「《アルカナ》は、その意思を短い言葉だけで汲み取り、自動で叶えてくれる便利な道具だった。だが、それが眠った今、意思を形にするには自分の頭と魔力を使わなければならない。……さあ、実践だ」
俺は机の上に、いくつかの小さな蝋燭を並べた。
「目標は、この蝋燭に小さな火花を灯すこと。先日、市場でやった『印』と同じ要領だ。火を出すのではなく、芯の先に熱を集めるイメージを持ちなさい。燃やしていいのは芯だけだぞ」
生徒たちは一斉に集中し、自分の魔力を探り始めた。
ミリアとセレスティアは、すでに手動詠唱の感覚を掴み始めているため、俺はロイドに彼女たちのサポートを任せ、他の初心者たちを見て回る。
「うーん……なかなか熱くならないな」
職人の一人が、太い指先を見つめて唸っていた。
「指先に力を込めすぎだ。水を通す網目を作った時を思い出せ。あれよりずっと少ない魔力でいい」
俺が助言すると、職人はふっと肩の力を抜き、目を閉じた。
数秒後。
チリッ。
小さな音と共に、彼の前の蝋燭に弱々しい火花が灯った。
「おおっ! 点いたぞ!」
「あ、私もできた!」
子どもたちや職人たちが、次々と小さな火花を成功させていく。
彼らは魔法の専門的な知識を持たないが、それゆえに余計な固定観念がなく、教えられたイメージを素直に魔力へと変換できていた。
一方で、苦戦している者もいた。
「くっ……なぜだ! なぜこんな初級以下の魔法が、この私の手で……!」
最後列で、ガルドが頭を抱えていた。
彼の前の蝋燭は、火が点くどころか、強すぎる魔力の余波で芯がへし折れ、蝋がドロドロに溶け崩れていた。
彼には莫大な魔力がある。
だが、それは巨大な大砲のようなものであり、針の穴を通すような精密な制御を、彼は《アルカナ》に任せきりにしていたのだ。
「ぐぬぬ……! 魔力指定を微小に絞っているというのに、どうしても反動が抑えきれん!」
ガルドが悔しそうに机を叩く。
エリートである自分が失敗し、目の前で子どもたちや職人が成功しているという現実。
それは、彼のプライドを粉々に打ち砕くには十分すぎる光景だった。
「……焦る必要はありません、ガル・ドー殿」
俺は彼のそばに立ち、溶けた蝋燭を新しいものと取り替えた。
「あなたはこれまで、巨大な炎を操ることしかしてこなかった。いきなり小さな火花を安定させろというのは、大剣で糸を通せと言っているようなものだ」
「な、慰めなど無用だ! この私が、こんな……!」
「慰めてなどいない。事実を言っているだけだ」
俺は彼を冷たく突き放し、だが同時に、確かな道筋を示した。
「失敗したのなら、なぜ反動が大きくなったのかを分析しろ。出力を絞るのではなく、属性の配合比率を変えてみろ。……あなたは誰よりも魔力の流れを『見て』きたはずだ。補助輪がなくても、必ず制御できる」
ガルドはハッとして顔を上げ、自分の手を見つめた。
怒りや屈辱に染まっていた彼の瞳に、魔法の構造を解き明かそうとする、純粋な探求の光が宿り始める。
彼もまた、本来は学ぶ意思を持った魔術師なのだ。
「……配合比率……そうか、火と風の要素が……」
ガルドが再び蝋燭に向き直り、真剣な表情で魔力を練り始めたのを見届け、俺は小さく頷いた。
その時、入り口の扉が勢いよく叩かれた。
「ユーリス先生! いらっしゃいますか!」
駆け込んできたのは、息を切らした治癒院の神官だった。
「どうした。また怪我人か?」
「は、はい……っ! 馬車の衝突事故で、ひどい出血を伴う重症患者が運び込まれました! 私たちではとても手が負えず……どうか、お助けを!」
神官の悲痛な叫びに、教室の空気が一気に張り詰める。
俺はすぐに教壇の荷物をまとめ、セレスティアに向き直った。
「セレスティア殿。出番だ」
「はいっ!」
彼女は強く頷き、迷うことなく立ち上がった。
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