第11話 開講初日、生徒は寄せ集め
王都の外れに設立した『古典魔法塾』。
その本格開講の翌日。
元は使われていなかった石造りの空き家を改装しただけの簡素な教室には、予想以上の熱気が満ちていた。
「先生、おはようございます!」
「おはよう、ユーリス先生。何か手伝うことはあるか?」
朝早くから集まってきたのは、市場で荷運びをしていた商人や職人、非番の衛兵たち。
そして、治癒院から休みをもらって駆けつけた若き神官たちだった。
前列の席にはミリアと聖女セレスティアが並んで座り、その後ろには学院から合流した若手教師のロイドや、市場で顔馴染みになった子どもたちが目を輝かせている。
年齢も、身分も、職業もバラバラ。
まさに「寄せ集め」と呼ぶにふさわしい光景だ。
一方で、王宮のエリート魔術師や、誇り高い上級貴族の姿は一人もない。
彼らは未だに、俺のような元教師から教えを請うことを「恥」だと考えているのだろう。
あるいは、少し待てば誰かが元の便利な魔法を直してくれると、まだ高を括っているのかもしれない。
「皆、集まっているな」
俺が教壇に立つと、私語がピタリと止み、全員の真剣な視線が一斉にこちらへ向けられた。
「今日から、この塾で魔法の基礎を教えていく。だが、その前に一つだけ伝えておきたいことがある」
俺は教室を見渡し、ゆっくりと告げた。
「ここにいる間は、年齢や身分、職業の壁はすべて忘れなさい。王国のエリートが来ようと、路地裏の子どもが来ようと、俺は特別扱いしない。評価するのはただ一つ、『学ぶ意思』があるかどうかだけだ」
生徒たちが、深く頷く。
「現在、王都周辺の応急的な機能安定化は、王国との契約に基づいて進めている。だが、これはあくまで一時しのぎに過ぎない」
俺は黒板に『32』という数字を書いた。
「《大魔導基盤アルカナ》の完全復旧。つまり、この世界が本当に立ち直るためには、機構の仕組みを理解し、手動で魔法を制御できる《継承者》が、あと三十一名必要になる」
昨日、ミリアが最初の継承者としてアルナに認められた。
だが、道のりはまだ長い。
「俺一人では、仕様上どうにもならない。だからこそ、君たちに教える必要があるんだ。命令されたからではなく、自分の足で立ち、自分の手で火を灯せる人間を増やすために」
「俺たちが、世界を直す……」
職人の一人が、自分のがっしりとした両手を見つめて呟いた。
エリートたちが匙を投げた世界を、自分たちの手で立て直す。
その事実に、生徒たちの間に静かな、しかし熱い闘志が広がっていくのを感じた。
「よし。それでは、第一回の授業を――」
俺がチョークを構えた、その時だった。
バンッ!
教室の後方にある木扉が、勢いよく開かれた。
「た、頼もう!」
入り口に立っていたのは、深くフードを被り、顔の下半分を覆い隠すほどの不自然で巨大な付け髭をつけた、異常にガタイの良い男だった。
「わ、私は、通りすがりの……しがない旅の商人である! 魔法の基礎とやらを学べると聞いて、立ち寄らせてもらった!」
男は裏返ったような奇妙な高い声で叫びながら、ズカズカと教室に入ってくる。
だが、その豪奢なローブの裾からは、宮廷支給品の最高級の革靴が丸見えだった。
さらに、付け髭の隙間から覗く鋭い眼光と、隠しきれない莫大な魔力の気配。
教室にいる全員が、ポカンと口を開けてその不審人物を見つめている。
ミリアに至っては、困惑のあまり俺と男の顔を交互に見比べていた。
「……宮廷魔術師長のガルド殿。そんな格好で何をしているんですか」
俺が呆れ混じりの冷めた声で呼ぶと、男――ガルドはビクッと肩を震わせた。
「ち、違う! 私はガルドなどという高貴な御方ではない! ただの商人、ガル・ドーだ!」
「ガル・ドー……」
昨日、教室の隅でひどく気まずそうにしていたくせに、どうしても授業の続きが気になって変装までしてやって来たらしい。
エリートとしての面子と、純粋な探求心の間で板挟みになった結果がこれか。
プライドが高いのか低いのか、よく分からない男だ。
俺は小さくため息をつき、チョークで黒板を軽く叩いた。
「……まあいい。学ぶ意思があるなら、誰でも生徒だ。そこにある空いている席に座りなさい、ガル・ドー殿」
「むっ……! あ、ああ、かたじけない!」
ガルドは派手な咳払いをして誤魔化しながら、子どもたちに混じって一番後ろの小さな木椅子に無理やり腰を下ろした。
寄せ集めの教室に、また一人、面倒な生徒が加わったようだ。
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