四章:二十四話:3
新たな足音が微かに聞こえてきた。
耳をそばだてると、足音はダニエルが開け放ったままの扉から聞こえてきた。
エリンは、通路奥に目を凝らす。
丸いオレンジの灯が浮かび上がる。
足音が大きくなるにつれ、灯が徐々に大きくなった。
「追いついたか」
ダニエルが呟く。
丸い光が歪んでゆくと徐々に人影を形成し、近づいてくる三人の輪郭を象った。
角灯を掲げ、少女の手を引くカーンが扉前で足を止める。
複数の騎士を見て、警戒したかのように少女を後ろに隠した。
その横をすり抜けるように被服店の店主が前に出る。歩を緩めることなく、腰を低くし扉を潜った。少女を後ろに隠すカーンも店主の後に続く。
陛下が進み出て、三人に話しかけた。
「お疲れ様。いいタイミングで来たね」
カーンと造花売りの少女の表情が緩む。
二人の前に立つ店主が最敬礼すると二人も慌てて頭を下げた。
「よく働いてくれた」
「恐れ多く存じます、陛下」
店主が陛下と呼んだ声が聞こえたのか、少女とカーンがびくっと肩を震わせ、頭を下げたまま顔を見合わせた。
「準備は整ったかな」
陛下が目配せすると、静止していた騎士たちが動き出す。地下聖堂の中央部を囲うように、足音を立てずに整列していく。
降り注ぐ光は、いつの間にか赤みを増し、橙の色調で床を照らしだしていた。
「カーンも末端にいるといい」
「俺も?」
頭を上げたカーンが、自分を指さす。
「そう。君も公爵家の騎士だろう」
「えっ、いや。俺なんか、まだ見習いで」
「大事な儀式を行うんだ。本来ならもっと大々的に行うべきなんだが。本人たっての希望で、簡素な儀式になる。とはいえ、やっぱりそれなりに恰好は整えたいだろう。言うなれば、頭数が欲しいんだよ」
思わせぶりに陛下がダニエルに後目を向ける。
エリンもダニエルを見上げた。
「これから儀式ですか」
「ああ。俺は行方不明となっているから、ベイジルを王に据えるにあたり、王籍から抜かれている。ここには王籍復帰のための儀式のために来たんだ」
「だから地下聖堂なんですね」
「まあな。太合がいる城内、真正面から入るわけにはいかないからな。その辺は、ベイジルが、まあなあ……」
言葉を濁すダニエルの複雑な顔色を見たエリンは、おめでとうございますと言ったほうがいいかと迷ったものの、何も言わないことにした。
ダニエルは儀式のためにと地下聖堂を目指していた。
陛下はそんなダニエルを餌にして太合をおびき寄せた。
太合はダニエルが地下から城に入ると知らされ、エリンを人質にすることで万全を期した。
その結果、起きたのが地下聖堂での断罪劇。
なにより驚くのは、陛下がダニエルの味方であったことだろう。
(貴族が加担していたんじゃない。王様自ら、第一王子様の後ろ盾になっていたのね)
故に、太合がどんなに尻尾を掴もうとしても、第一王子の背後に潜んでいる者が誰か分からなかったのだろう。
太合がもっとも信頼する公爵家さえも巻き込んで本懐を遂げる陛下の思考に空恐ろしくなる。
温和な見た目とは裏腹に、なんという豪胆な行動と判断ができる人か。
エリンはふるりと震えた。
(でも、なぜ。なぜ王様はそこまで母親を憎むに至ったの……)
少なくとも、子どもだった陛下一人にこの国は支えきれない。太合がいなくては、別の厄介ごとに巻き込まれていた可能性だって濃厚だ。
「……」
拭いきれない疑問が残る。
「お待たせして申し訳ありません」
背後から聞こえてきた声にエリンとダニエルが同時に振り向く。
太合に連れられて、エリンがくぐって来た扉から祭服を纏う神父が入ってきた。
街中で陛下と言葉を交わしていた、孤児院を営む神父だ。
ホールの入り口近くで呼び止められた際、セレモニーの立会人として来ていると言っていたことを、エリンは思い出した。
(セレモニーって、ダニエル様の儀式のためだったのね)
合点したエリンの横で、ダニエルが怪訝な声を発した。
「あれが神に仕える者か……」
驚愕したともとらえたくなる乾いた声音。気にかかった次の瞬間、エリンの手を誰かが引いた。目をむけると、造花売りの少女がにっこりと微笑んでいた。その後ろには、懐中時計を握りしめる被服店の店主が立っていた。
「間もなく、来賓の方々が一斉にお見えになります。エリン様におかれましては、その前にお召替えをしていただきます。準備を整えております控えの間に移動していただきたく存じます」
「お着替えのお部屋に案内するのが、私の今日一番のお仕事なのよ」
やっと私の出番よと言いたげに少女が胸を張る。
「着替え?」
「祝賀会に向けての準備だな」
「あっ!」
仕事が終わり次第、夜会用の衣装に着替える段取りだったとエリンは思い出す。仕事を放り出して以降、それどころではなく、すっかり忘れていた。
店主が手元の懐中時計で時間を確認する。
「早めに向かった方が良いですね。時間が押しています」
「行きましょう、エリン様」
「様って……」
少女がエリンの手を引っ張った。
引っ張られ足がもつれる。歩み出すエリンが振り返った。
「終わり次第、迎えに行く」
片手をあげるダニエルが視界の端に映る。
頷いてからエリンは前を向いた。
少女の歩調に合わせ、小走りになるエリンと神父がすれ違う。
会釈を交わし、少女とともに扉へ向かった。
元来た扉を開き、廊下に出た。
エリンは少女と一緒に閉める扉の隙間から地下聖堂を覗く。
降り注ぐ瑞光のなかに陛下が立っていた。
取り囲むように騎士たちが整列している。
端には誇らし気にカーンも立っていた。
進み出た神父が振り返る。
ダニエルを招き入れようと手を広げた。
赤みがかった陽光が斜めに差し込み、輪郭がぼやける。
真っ白い空間に各人の色彩が淡く滲む。
話しかける陛下に顔を向けるダニエルの背が、斜光のなかに溶け込んでいった。




