四章:二十四話:1
「誰に向け、なにをしているのか。分かっているのか」
剣を突きつけられてなお、太合が凛然と物申す。
「ええ、もちろんですとも。母上」
あっけらかんと告げる陛下を、太合は睥睨した。
「冗談はおやめください、陛下。我が家門を敵に回して、良いことなど一つもありませんよ」
「まさか。この状況を見てください。まだお判りにならないと。あなたに刃を向けているのは公爵家の騎士たちですよ」
太合を見下げる陛下があからさまに薄ら嗤う。
「ボネヴィル公爵は、すべての罪を母上に擦り付けることで家門を守る英断を下したのです」
「ありえません。私がどれほど隆盛に寄与したと思っているのですか。その功績を無視できるはずがありません」
「私が母上の手駒であったように、母上もまた公爵家の手駒であった。それだけでしょう」
「なんという物言い。陛下といえども過ぎたれば寛容しかねますよ」
「そう簡単に納得していただけるとは私も思っていませんので、ご安心を」
後ろ手を組んだ陛下が、右に左に迂曲しながら太合の元へ近づいてゆく。
「首都に出てきた聖騎士ダニエルを一目見て、行方不明の第一王子だと看破したのは母上でしたね。
伸ばした髪を乱し、立ち振る舞いを粗暴に見せても、声や後ろ付きは隠しきれるものではない、と。覚えておいでですか」
太合からの返答はない。
かまわず陛下は語り続ける。
「すぐさま公爵家と連携し、監視を開始したものの、腑抜けたダニエルは酒浸る日々。なにをするでもなく、首都では有閑を貪るばかり。これが第一王子かと疑いかけた矢先、夜にふらりと出かけ、誰かと接触する動きを見せるようになった。
いよいよ尻尾を見せるかと様子見すれば、案の定、第二妃暗殺の証拠品を首都に持ち込むという情報を公爵家が掴んだ。
知らせを聞いた母上は画策された。北から東を巡る道中にて、証拠品を奪うか、事故に見せかけダニエルを始末できないものか、と……」
「なぜ、それを……」
太合が唇を戦慄かせる。
「知っているかって。それは、首都に証拠品を持ち込むことを公爵家にリークしたのが、私だからです。
私はこの時、公爵に二択を迫った。第二妃暗殺および前王暗殺の咎で、一族郎党処刑はたまた追放か、太合である母上一人を切り捨て収拾するか、を」
「なにを言っているのですか、陛下……」
「信じられないと?
では、もう一度言います。
私は公爵に二択を迫ったのです。
当主処刑の元、一族郎党処刑または追放か。
母上を一人に罪を被せ、切り捨てるかをね」
「なんということを……。母を、この母を……」
「考えあぐねる公爵も、ダニエルが追手を蹴散らし証拠品を首都に持ち込んだことで、手のひらを返しました。潮目が変わったのですよ」
「謀ったか、ベイジル。この私を、この母を!」
「騙し、裏切るなど常套ではありませんか。第二妃暗殺、第一王子暗殺未遂、そして、父である前王の毒殺。罪をこれだけ犯して置いて、謀るなどと私を責めるは笑止」
怒りに震える太合の表情がみるみる変わる。
「陰ながら手を貸した公爵家からも梯子を外され、ただ一人裁かれる。ご気分はいかがですかな、母上」
遡上する憤懣を耐える太合を眺め、陛下は悦なる笑みを浮かべた。
「切り裂いた腕章を角灯にくべられた瞬間は最高でした。あれこそ、公爵家が第二妃暗殺に加担した証拠品。あれを燃やしたことにより、公爵家を告発する根拠は失われました。まさに、自ら命綱を断ったも同然。痛快な寸劇でしたね。実に、見事な」
「よもや間者を突き止めたことも、端切れをもか……」
墓穴を掘らされた太合が掠れた声で問うた。
「はい。ローワンを捕縛した際、城内に隠したと自白した切り刻んだ腕章。彼より受け取っていた私が隠しておいたものなのです」
「公爵家から、の、も。すべて、か……」
「ええ。ダニエルが地下から潜入し、城内で内通者と手を組む算段を立てていることも、婚約者を協力者として潜り込ませることも。公爵家が私と共謀し流した情報です。城内で内通者と会うのは事実なんですがね。それが私であったというだけで」
「母が、その小娘を捕えることをも、見越したというか……」
「ええ、もちろんです。直近、母上は失敗しています。当然のごとく、同じ過ちは繰り返すまいと万全を期すはずです。利用できるとなれば、母上は子ネズミ一匹たりとも逃しはしないはずでしょう」
「なんと、なんと……」
「エリンさんを切り札とし、ダニエルを粛清する場として母上が地下聖堂を最適と判断されたように。私もまた、ここが母上を捕える場として最適と判断したのですよ」
「陛下を陛下足らしめるため、母が……。母は、どれだけ心血を注いできたと!」
太合は両手で扇を握りしめ、地団太を踏む。忌々しいとばかりに頭を大きく振れば、髪飾りがずれ、整えられていた髪が乱れた。
立ち止まった陛下が、息巻く太合を一瞥する。
「捕えよ」
無慈悲な一声を合図とし、太合の背後にいた騎士が動きだす。
肩を掴まれ腕をとられた太合の手から扇が落ちた。
「なにをする、放せ!」
太合が身体をよじる。
掴む騎士を振り払おうとする弾みで、髪飾りが落ちた。
軽い音が聖堂内に響き、束ねていた髪が広がる。
一房が顔にかかった。
髪の間から陛下を睨みあげた太合は瞬く間に捕縛され、陛下の目の前で膝を床に落とした。
「無様ですね。大いに無様だ」
「なぜ。なぜ、そこまで。そこまでして、私を裏切る」
目元を小刻みに震わせ、頬を引きつらせる太合が掠れる声を絞り出す。
従順な仮面を脱ぎ捨てた陛下は、冷酷に告げた。
「すべては前王たる父の遺志」
「遺志、だと……」
「はい。父の遺言を私は受け継いでおります」
「あり得ません! 何も知らずにあれは逝ったはずです!」
太合が喉を切らんばかりに威喝する。
仕方ないとばかりに嘆息した陛下が、憐憫の目を太合へ向けた。
「ダニエルを助けたのは、前王に与する者。
父は知っていたのですよ。
ダニエルが生きていることも、第二妃が殺されたことも。
その証拠に、王太子にはダニエルをと、最期まで切望していたではないですか」
顔色を失った太合が、両目を見開き陛下を見上げる。
「なにも知らずに父が逝ったとお思いでしたか。まさか。そんなことはありえません」
悪辣に陛下が口角を上げた。
「父の亡霊を私の背後に見る思いですか。十数年の時を経て、仕掛けられた歯車が巡りめぐって、自身に跳ね返ってこようなどとは想像もしていなかったことでしょう」
蒼白となる太合は返す言葉なく、唇を戦慄かせる。
「王家からも公爵家からも見限られた母上に、一切の発言権はありません」
厳かに陛下が宣告すると、新たな騎士が太合の横に進み出てきた。素早く屈んだ騎士は太合に猿轡を噛ませた。
「父の本懐を遂げるため、私はここに立っているのです」
抵抗することなく、あっという間に口を塞がれた太合が、がくんと首を落とす。そのままじっと床を見つめ、動かなくなった。
「連れていけ」
陛下の指示に騎士たちが動き出す。
背後の騎士がうつむく太合を無理やり立たせると、左右から別の騎士が腕をつかんだ。
騎士たちが一斉に陛下へ礼を示し、一拍置き翻る。
複数の騎士に取り囲まれた太合が、もたつく足を半ば空に浮かせ、王族の居住区域へ通じる扉へと向かう。
急転直下の断罪劇が幕を引く。
息を殺して見守っていたエリンは太合を唖然と見送る。
(こんなことって、あるの……)
騎士と騎士の間から垣間見える太合から、威信はすっかり失われていた。
地下聖堂に向かう最中、彼女の背中から感じた力強さは粉砕され、今見える後ろ姿は、店先のリンゴを盗んで捕まった、お腹を空かせた老女のように萎びている。
どうしてこんなことになったのか。
どんな風に生きたらこうなるのか。
そう問いたくなるような侘しさが、ぼけた輪郭から漂ってくる。
最愛の息子に裏切られたからか。
頼りにしていた実家から切り捨てられたからか。
夫である前王に恨まれていたからか。
なにが彼女の引き金となったのか。
エリンには皆目見当もつかなかった。
連行される太合が扉の向こうに消えていく。
ダニエルも陛下も、残った騎士も、誰もが彫像のように動かない。
聖堂内の人数が減り、籠っていた熱気が薄まってゆく。
静まり返る地下聖堂に、涼やかな空気が戻ってきた。




