四章:二十三話:5
無感情な面のダニエルに向け、蔑むように太合が片頬笑む。
「今宵の夜会は、第一王子の訃報を告げ、陛下の婚約を示す場となろう。国事一切を取り仕切る我が家門の隆盛は約束されも同然!」
太合が扇をふるうなり、騎士たちが一斉に剣を抜いた。
たった一人にこれだけの人数を揃える様は、まさに兎を狩るにも全力を尽くす獅子が如し。
(どれだけ太合様は、ダニエル様を敵と思っているの)
戦慄するエリンの横で、無言のままに陛下が軽く顎をしゃくった。
太合の死角にて、騎士たちさえ察知できない小さな動きは、当然のように横にいるエリンも気づくことはなかった。
「かかれ!」
太合が号令をかけると、先鋒の騎士が動き出した。
舌打ちしたダニエルが臨戦態勢に入った。
エリンがダニエルの姿を目視できたのはそこまでだった。
騎士が折り重なり、ダニエルの姿が消える。
怒声とともに足音が重なりあう。
バン!
床に叩きつけられる音が響く。
騎士全員がぴたりと静止した。
なにがあったのとエリンが目を凝らせば、騎士と騎士の間にダニエルの姿が見えた。
倒した騎士を床に押さえ、怒気を湛える瞳を滾らせている。
にもかかわらず、冷静沈着を物語る無表情さで、ダニエルは前方を睨み据えていた。
歴戦の猛者は猛ることなく、周囲を無言で威圧する。
倒した騎士を捨て置き、彼が手放した剣を手早く救い上げると、ダニエルは床を蹴った。
取り巻く騎士たちが一斉にダニエルに向かっていく。
多数の騎士の背が重なり合い、エリンの視界からダニエルの姿はかき消えた。
怒声、悲鳴が交錯し、剣が打ち合う甲高い音が反響する。
エリンは身を小さくした。
音という音が耳に痛く、空気の振動が肌に刺さる。
耳をふさぎ、小さくなり、息を殺す。
どうしようもない現状を前にエリンは目じりに涙をためて、耐え忍ぶ。
胸のうちで繰り返すのは、ダニエルの言葉のみ。
『そこで待っていろ』
ダニエルを信じて、怖い、逃げたいという気持ちをエリンは押し殺す。
俯くエリンめがけ、折れた剣が飛んでくる。
前に立つ騎士が即座に剣一振りで払いのけた。
剣戟が続くなか、陛下が、あっとのんきに呟いた。
「こっち来るんだ。参ったね」
狂騒に溶け消えた囁き声は、あまりに澄み切っていて、清々しいまでに場違いなものだった。
「エリン!」
ダニエルが呼びかける。
エリンは弾かれたように顔をあげた。前に立つ騎士に阻まれ、ダニエルの姿は見えない。
「もう十分か」
あっけらかんとした陛下の物言いがエリンの耳に届く。
(もう十分って、なにが……)
エリンの疑念を吹き飛ばすかのようなダニエルの檄が飛ぶ。
「邪魔だ、どけ!」
目の前に立ちふさがる騎士が身体を傾けたことで、エリンの視界が大きく開く。
鍔迫り合いを繰りひろげるダニエルが、剣を交える相手を押し退ける。
「ダニエル様!」
声をあげると同時にエリンの腰が浮く。
中腰になるエリンを見つけたダニエルが破顔した。
大きな体躯を身軽に操るダニエルが翻る。
騎士の間をすり抜けて、エリンの元へ走り込んだ。
最初からダニエルはエリンしか見ていない。
そう証明するかのように、剣を投げ捨てたダニエルがエリンを抱きすくめた。
「良かった。無事で……」
低い声がエリンの内耳に響く。
驚くばかりのエリンは、えっ、あっと意味を成さない声を漏らす。
エリンを強く抱く腕をダニエルが突然引き離した。
慌てるそぶりとともに、表情を赤くし青くしうろたえる。
すとんと腰を落としたエリンは、呆けた顔でダニエルを見上げた。
じっと見つめるエリンの視線から、目を逸らしたダニエルがため息を吐く。
額に浮かぶ玉の汗が一筋頬を伝う。
再び前を向いたダニエルは、エリンを見つめ、きまり悪そうにはにかんだ。
「エリンが無事ならいいんだ」
「ダニエル様……」
きょとんと見上げるエリンに向け、困ったように眉を剃り返したダニエルが口を開こうとした、その瞬間。
「今こそ好機! 娘もろとも目障りな元第一王子を討ち果たせ!」
太合が発破をかけた。
呼応した騎士が、ダニエルの頭上に剣を振りかざさす。
白刃の煌めきにエリンの視界が埋め尽くされた。
(危ない!)
危機を察するなりエリンは膝立ちとなり、ダニエルの頭部を抱き込んだ。
振り下ろされる剣の残影が瞼に焼き付く。
小さな体で目いっぱいかばおうとエリンはダニエルの髪に頬をうずめ、ぎゅっと目を閉じた。
「終わりにしましょう」
陛下が告げた。
カン! と弾きあげる金属音が響く。
軽い高音は反響し、余韻を残す。
剣が振り下ろされる気配を感じず、エリンは恐る恐る目を開いた。
ダニエルがそっとエリンの腕に手をかける。
力のこもった腕を下ろすよう促され、エリンは腕を離した。
もの柔らかな笑みを浮かべて、エリンを覗き込むダニエルが、口元にそっと人差し指を立てる。
濃緑色の瞳に宿る慈しみに包まれれば、エリンの荒ぶる心は平静さを取り戻す。
ダニエルが視線を横に流した。
釣られエリンも視線を追う。
陛下が立つ、さらにその先。太合が立っていた。
ただ立っているだけではない。
今の今まで、ダニエルと敵対していた騎士たちが、切っ先を突きつけて、太合を取り囲んでいるではないか。
(どういうこと……)
広がる光景にエリンは目を疑った。




