三章:二十話:3
その頃、ダニエルは坑道を思わせる通路を歩いていた。
前を行く被服店の店主が煌々と光る角灯を持ち、足元を照らす。
誘導する明かりがなければ、左右上下も分からなくなりそうな暗がりを二人は突き進んでいた。
「首尾よく進行しているだろうか」
ひんやりした壁に手をかけて、ダニエルはぽつりと店主に問うた。
「私どもが差し向けた品をめぐって、相手方は奔走している頃と思われます」
「証拠をめぐって必死というわけか」
「ええ。立場が危うくなります故。夜の準備と並行し、昼のお茶会の真最中。城内に人があふれかえるなかで、着々と事が進行していることでしょう」
「そうか……」
「ご安心ください。表の仕事に従事している者が関知することではございません」
言いよどむダニエルに対し、見透かすように店主が答えた。言い当てられたようでダニエルは少し不機嫌は雰囲気を醸す。
「エリンまで巻き込むつもりはなかったんだ」
「承知しております」
「すべてが終わってから、迎えの馬車を出すように手配してもよかったはずなんだ。なにも、事前に働いている必要なんてないんだからな」
「それもそれで気がかりのことと存じあげております。屋敷に残していくことに、ダニエル様のお心がお許しにならなかった」
「ぬけぬけと見通すな」
「現状、エリン様はダニエル様にとっての唯一の弱み」
「エリンは無関係だ。いらないことに巻き込みたくはないだけだ」
「木を隠すなら森。人を隠すのも然り。エリン様は責任感も強く、途中で仕事を投げ出す方ではございません」
「それは分かっている」
「予定時刻まで仕事仲間に囲まれて働いていらっしゃれば、早々手出しはできません。それどころか、目につくこともないでしょう。安全は保障されております」
「どうせ俺が気を取られ、仕損じることを恐れているんだろう」
「滅相もございません」
「屋敷に護衛を物々しく派遣するのも不自然だ。心配するあまり、逆効果になってもいけない」
「賢明なご判断です」
「そう説得されては、ぐうの音も出なかっただけだ。だからこそ、うまく踊ってもらわなくては俺も困る。せっかく、あれを持ち帰るために、わざわざ獣道を選んだんだからな。追手をいなし、適当にけがを負わせ、返り討ちにしなくては、首都に重要な証拠品が持ち込まれたと相手方に意識してもらえないからな」
「おびき寄せる餌が首尾よく働き、後は釣り上げるだけとなっております」
ダニエルは短くなった前髪に触れた。
視界を髪に遮られないのはいつぶりだろう。
背が伸びる頃にのばし始め、十代後半からは無精ひげで顔周りをも隠すようにしていた。
素顔などとうの昔に忘れたも同然だ。
「正体がばれないようずっと気を付けていたんだ。髭も、髪も、服装も。生まれを連想させないように」
「まさに生き写しのような容貌。絵姿でしかお見かけしたことがないとはいえ、御髪を整えさせていただいた際には、手が震えました」
「これだけ奇麗に整えておいて、なにを言う」
憮然と呟くダニエルに、店主は何食わぬ顔で笑んだ。
「父に似てしまった以上、見る者が見れば、俺が何者か、勘付く者は必ずいる。気づかれたくない相手に気づかれても厄介だ。俺を消すことはできなくても、近しい者を害することはできる。あの夜のように」
「十五年前に起こった悲劇の黒幕は、ご存じであると……」
「もちろんだ。何年も前に教えられている」
ダニエルは片手で顔を覆い、指の隙間から、猛る眼光を覗かせる。
「第二王子に王位を継がしたいとなれば俺は邪魔でしかない」
「城に入られた第二妃様が早々に懐妊され、お生まれになったダニエル様は紛れもなく正当な王位継承権を持つ第一王子様であらせられます。何事もなければ、王太子殿下となり、王位を継がれていたのは」
「言うな! 昔のことだ」
「今日この日、待ちに待った悲願成就の日となりましょう」
「……」
奥歯を食い締め、ダニエルは進む先の闇を見据えた。
「こじれたのは、俺が生まれて約三年後に弟が生まれたせいだ。もう懐妊しないと思われた王妃の男児出産に、ボネヴィル公爵家がざわついた」
「お母上の境遇、お察しいたします」
「王妃による母への風当たりが強くなるわけだ。子どもだった俺はなにも知らなかったがな」
「当時、公爵家に適齢の女児がいなかったことも一因になりましょう。今でこそ、ソフィー様がいらっしゃいますが。当時は親類縁者をあたっても、目ぼしい女児がいなかったようですから」
「どちらにしろ、俺が目障りだったのは間違いない。当時の王妃、弟の母であり、現在の太合にとってな。
屋敷を襲うよう指示した黒幕は元王妃。現王の生母たる太合だ」
坑道のように狭かった通路が徐々に広がり、新たな扉が見えてきた。
「これより城の敷地内になります」
店主がぎぎっと鉄で縁取りされた分厚い木製の扉を押し開く。
開かれてゆく扉をダニエルはじっと見つめる。
扉の先にはこれまた暗い通路が続いていた。
とはいえ、壁紙が張られ、絨毯が敷かれた様相は、城内の廊下とよく似ていた。
店主に導かれ、ダニエルは扉をくぐる。
「ボネヴィル公爵家、ひいては太合。
母を害し、俺を消そうとした者たちと対峙する日がこようとは……」
人知れず入城したダニエルは先の見えない通路を見つめて呟いた。




