三章:十九話:1
もう一度目を合わせたエリンとローワンは、二人そろって何とも言えない表情をうかべた。
「お久しぶりです」
「その節はどうも……」
眉をゆがめて挨拶するローワンは、どことなく会いたくなかったと言いたげだ。
(ジルさんの身元に触れられたら困るのかな)
街中で会ったジルが何者なのか、エリンは知らない。
知りたいとも思わなかったが、ローワンがボネヴィル家に仕えているのなら、ジルは公爵家と所縁深い人なのだろう。
ソフィーの兄、それも爵位を継ぐ予定のない次男の可能性が高いだろうか。
または現当主の年の離れた弟か。
そう考えれば、路上で明かせなかったのも頷ける。
ジルの身元について触れてほしくないのなら話題に出なければいいとエリンは考えた。
「初めて会った時、私は小銭入れを盗まれました。その時に、ローワンさんがその盗人を捕まえてくれたこと。私は覚えています。ローワンさんは、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、覚えていますとも」
「本当ですか。良かった。なら、話が早くて助かります。実はその盗人が城内に紛れ込んでいたんです」
ローワンが瞠目した。
驚くのも無理はないとエリンは真顔で頷く。
「どこの誰に雇われて、ここで働いているのかは知らないのですが。先ほど、とある方と立ち話をしていたところを狙われ、小銭入れを盗まれてしまったんです。あの時、盗まれたものと同じものです」
エリンはポケットから出した小銭入れを見せると、ローワンは表情を曇らせた。
「路上では驚くあまり動けなかったんですけど、今日は二度目ということもあり、追いかけて問い詰めました。そうして取り戻した小銭入れですが、開けてみると中身の一部が抜き取られていたんです」
小銭入れをポケットにエリンは戻す。
ローワンは皺を寄せた眉間をもむ。
「私は、その盗まれたものを取り戻すために、盗人を追いかけました。しかし、逃げ足早く、見失ってしまったのです」
「……、つまりエリンさんはその盗人を捕まえたいということですね」
「はい。小銭入れから抜き取られたものを取り戻したいんです」
居住まいを正したローワンが、沈痛な面持ちで唐突に頭を下げた。
「大変申し訳ない、エリンさん」
「急にどうしたんですか。ローワンさんが謝られることではないでしょう」
「そんなことはありません。この件について、原因の一端は私にあります。まさか、ここで彼がスリを働くとは思ってもいませんでした。実は、彼の雇い主は公爵家であり、後見人は私なのです」
「盗人の雇い先が、まさか公爵家だなんて、いったいどうして……」
慌てるエリンの語気が徐々に小さくなる。どこかに雇われて来ているとは思っていたが、まさか公爵家からだとは。考えもしていなかった雇い先である。
「路上で捕まえた後に彼の事情を聴きまして、足を洗うという確約の元、公爵家の騎士団に見習いで滑り込ませたんです。この一月、まじめに働き、もう悪いことはしないと思っていただけに……。まさか、ここで、しでかすなんて……」
ローワンが頭をあげる。表情はどこか苦しそうであり、悔しそうであり、苦々しいものであった。
「見習いですか? まさか。さきほどソフィー様が探していると言っていた見習いとは……」
「ええ、お察しの通りですよ。彼こそがお嬢様お気に入りの見習いです」
「あの盗人とソフィーが探している方が同一人物。それじゃあ、盗人を捕まえたら、ソフィー様も悲しまれることになるのでは……」
「なるでしょうね」
公爵家から出向してきた者が盗みを働いたと明るみになれば、いかにソフィーが好意を寄せていたとしても罰は免れない。あんなに真っ直ぐな心で親しくなりたいと願っていたソフィーが悲しい思いをするなんて、やるせなさに言葉が尽きる。
「なら、なおさら早く捕まえないと!」
「最初に相談してくれたのが私で良かった。王家直属の騎士に相談されていては、処理が難しくなったでしょう」
「お嬢様を悲しませるわけにはいかないですよね」
ローワンが、エリンが飛び出してきた扉へと目を向ける。
「私たち騎士の詰め所に行きましょう。休んでいる仲間がいるでしょうから、手分けしてカーンを探します。仕事中に申し訳ないですが。エリンさん、どうか私に少しの間、協力してもらえないでしょうか」
「はい。もちろん、喜んで。ぶつかったというのにお咎め一つなかったのです。そんな寛大な心根を有するソフィー様が悲しまれるのは忍びなく、申し訳ないですから」
ローワンの助けを得て盗人を追いかけられるとなれば、紐を取り戻せるかもしれない。
よしと意気込むエリンだったが、ふと疑問符が浮かぶ。
(公爵家に仕えている盗人が、別の誰かの指示で動くものなのかしら)
しかし、ローワンは盗人の行いを知らないようだ。
会話からも想定外の盗みという印象が残る。
当然、カーンに盗むよう指示を出しているようにも思えない。
さらに盗人については、ソフィーが語る人物像も好印象であり、二人の発言からも彼の仕事ぶりは、今までに関しては、いたって真面目そうである。
盗人家業から足を洗った、この短期間で、紐を奪う有力者と接触する機会でもあったのだろうか。
ならば、どうやって公爵家以外の有力者と繋がるに至ったのか。
下働きや見習いは本来、休む暇なく忙しいものである。
そんな時間を捻出する余裕などないはずだ。
どうやって黒幕と繋がることができるのか、できたのか、想像つかずエリンは眉根を寄せた。
「急ぎましょう。騎士の詰め所はこちらです」
「あっ、はい!」
思索に埋没していたエリンが慌てて顔をあげる。
(兎にも角にも、捕まえてみなければ答えなんて出ないわ。穴だらけの情報をつなぎ合わせて、見当違いな答えを導き出す方が尚悪いもの)
ローワンが扉を開く。
彼を追い、エリンはもと来た通路に戻ることとなった。
(やっぱり、まずは盗人を捕まえるのが先決よ)
意気込むエリンは開かれた扉を潜る。単色の冴えない廊下を突っ切って行くローワンを小走りで追う。突き進みながらエリンは、ローワンの背に向けて問いかけた。
「ソフィー様はどういった経緯で、ぬすっ……カーンという人と出会い、仲良くなりたいと思ったんですか」
「知らぬ間に公爵家の園庭で出会っていたんです」
前を向いたままローワンは淡々と答える。
「弟や妹が何人もいるカーンは、小さい子を喜ばすような草笛や鳥の声真似が上手く、お嬢様にはそれが魔法のように見えたんでしょう」
「お仕えしているお嬢様と仲良くなるなんて、私の経験上、とても難しいことに思います」
「そこはソフィーお嬢様ですから。無邪気にカーンに話しかけたに違いありません。それに、地方から出てきたカーンも、貴族の家がなんたるかを分かっていませんでした。よって園庭で出会ったのが、よもや公爵家のお嬢様とは気づかなかったというわけです。それ以降、カーンはお嬢様のお気に入りとなったんですよ。それだけではない所もあるのですが」
「知らずに仲良くなってしまった、ということですか?」
「そういうことです。地方も日々の暮らしが厳しいらしく、お腹を空かしがちな弟や妹のために出稼ぎにきた経緯にお嬢様がいたく感銘を受けられたのです」
「地方も厳しいようですね」
公爵家の政策に四苦八苦している領地にカーンは住んでいたのだろう。暮らし向きの問題を作っている公爵家に勤めるなんて因果な事だとはいえ、彼の立場を考えれば、職を得る方がずっと重要だとエリンは思った。
「先日、初めて給料を受け取って、半分を家族に仕送りすると喜んでいる姿を見ていた矢先なだけに、残念でならないですよ。城内で再びすりを働いていたなんて……」
カーンの実情を聞いて手を差し伸べているからか、ローワンの声音は暗い。
「そうですね。ちゃんと反省してもらいたいです。ソフィー様のためにも、ご家族のためにも」




