三章:十六話:1
「エリン、エリンでしょ。あなたが、どうしてここにいるの」
聞き覚えのある呼び声に誘われ、僅かに顔をあげてしまったエリンは、めかしこむアメリアとばっちりと目が合ってしまう。
好奇と揶揄が混ざり込む冷ややかな視線を受け、慌てて目線を落とそうとすれば、顎先に扇の先端があてがわれ、くいっと顔を引き上げられた。
(やめてよ。ここをどこだと思っているのよ!)
わきまえないアメリアの行動に身の毛がよだつ。
ここは園庭とお城を結ぶ小道沿い。
お出迎えの一人として並ぶエリンと、賓客として招かれたアメリアとでは立場が違う。
場を乱せば咎められるエリンは口を閉ざすしかない。
止めてと言うことすらできない歯がゆさに奥歯を噛んだ。
(伯爵家は出ているんだから、もう関係ないじゃない。なんでよりにもよって、こんな最悪な場面で話しかけるのよ)
エリンを見つめるアメリアの口元が弧を描く。
エリンとよく似た丸い目を見開き、あざ笑うかのように見下げてきた。
「あなた、もしかして、追い出されていたの?」
ふうんと値踏みするアメリアがエリンを眺めまわす。
「まさか行く当てがないからって、うちに戻ることもせず、こんなところで働いているとはね」
口ぶりにカチンときたエリンだが、逆らうわけにもいかず、ぐっと喉を絞り込む。
(私はダニエル様から大事な役目を仰せつかってここにいるのよ。けっして追い出されたわけでも、働き口がないわけでもないんだからね。勝手に勘違いしないでよ!)
アメリアに向けてエリンは心中で盛大に舌を出した。
※
「お茶会にて、賓客をお出迎えする人員が不足しております。人数を揃えるため、園庭に来てもらいたいのです」
思いがけない侍女長の発言に、エリン含めた女性陣の表情が一気に華やぐ。
季節の花々が絶え間なく咲き誇る、誉れ高いお城の園庭を眺めるチャンスなど、平民には滅多にない。
今日はくたくたになるまで雑用に明け暮れ、帰宅することになると全員が全員思っていただけに、侍女長の急な依頼に、一同小さな歓声を上げ、色めき立った。
後は任せますと侍女に告げた侍女長が大部屋を出てゆく。
エリン含め、そわそわする女性たちが大急ぎで昼食を片づけ始めた。
大部屋を出たエリン達は、侍女を先導に廊下を進む。
軽やかな足取りで城の裏手に出るなり、真っ先に、咲き乱れる花々が目に飛び込んできた。
折り重なる緑葉を背景に、細工のように整った花弁の、赤、黄、橙、薄紫といった色彩が映える。
小鳥のさえずりが響き渡り、園庭内の小道に沿って造成された小川からは、たゆまぬ水の音が聞こえてくる。
小川はアーチ状の庭橋をくぐり、水面をきらきら輝かせる池泉へとつながっていた。
一緒に移動してきた仲間たちから「すごい」「きれい」「最高」などという感嘆交じりの歓声があがる。
「あそこで太合様がお茶会を催されるのね」
エリンの前に立つ女性が呟く。
うっとりと目を向ける先には、樹齢百年をゆうに超える巨木と、それに寄り添うように佇む、つつましやかなガゼボがあった。
大樹とガゼボが作る日陰では、城仕えの侍従や侍女が働いている。
多種の菓子や軽食を載せたケーキスタンドとともに、鮮やかなティーセットがセッティングされ、溢れんばかりの花が盛られた花瓶が中央に飾られた。
太合が主催するお茶会が手慣れた者たちによって着々と準備されているようだ。
パンパンと手を打つ音が響いた。
園庭を眺めるエリンたちが一斉に音がした方向へと顔を動かす。
案内役の侍女が厳しい表情で立っていた。
エリンの周囲にいる仲間たちが一斉に口を噤む。
「では皆さんには、これより城から園庭まで続く石畳に沿って並んでもらいます」
そう告げた侍女の指示のもと、道の縁に一定間隔をあけてエリンたちは並ばされる。
整列したエリンたちの立ち姿を確認する侍女は、姿勢や襟元、手の位置など、細かな点を指摘し終えると、賓客の姿が見えたら行う挨拶を、全体に向けて指導していく。声を合わせる練習を数回終えると、待機するように言われ、青空のもとエリン達はひたすら待つこととなった。
程なく、園庭に通じる城の扉が開いた。
賓客が一人現れ、エリン達は「ご来訪おまちしておりました」と声を揃えて頭をさげる。
また一人また一人と現れる賓客の中にアメリアもいた。
知らぬ顔をしようと目を逸らし、エリンは頭を垂れる。
このまま去ってと願っていた矢先、まさかアメリアの方から声をかけてくるなど、エリンは思ってもみなかった。
※
「まさか行く当てがないからって、うちに戻ることもせず、こんなところで働いているとはね」
心の内で盛大に舌を出したエリンはアメリアの喉元を見据える。
目を合わせないことで抵抗の意思を示しているつもりだが、アメリアは一向に立ち去ろうとしない。
周囲の仲間たちから伝播してくる緊張が素肌に刺さる。
まとめ役の侍女が厳しい顔で様子見している姿が容易に想像つく状況だ。
(もう、空気を読んでよ。お互いに立場だってあるでしょ。話しかけられて、迷惑なのはこっちなのよ!)
しびれを切らすエリンが心中で悪態をつく。
後でどんなお咎めがあるか。考えるだけで空恐ろしかった。
賓客のアメリアは良くても、エリンはそうはいかない。割を食うのは常に立場が弱い方だ。
(そもそもよ、そもそも。ダニエル様の屋敷を追い出されていたって。私がどこで働いていたって。もう関係ないじゃない! 最初から姉妹なんて言えるような間柄でもないんだし!)
伯爵家から出た以上、主従関係も解消されている。どこで何をしていようとも、口出しされる筋合いはない。
とはいえ、アメリアは貴族、エリンは平民。
言いたいことがあっても言えない事情に変わりはない。
立場上、エリンはじっと耐え忍ぶしかなかった。
そんななか、
「なにをしているのです」
アメリアの背後から鮮烈な女性の声が飛んできた。




