二章:十五話:3
割り当てられた部屋の掃除を済ませたエリン達が、次に案内された先は厨房だった。
さっそく奥から、待っていましたとばかりに料理人が顔を出す。
今日はお茶会に夜会にとイベントが重なる上に、通常業務まで並行することになるので、厨房はてんてこ舞い。エリン達は少人数に分かれ、野菜の泥を落としたり、乾物をぬるま湯で戻したり、目まぐるしく動き回る。
料理人に言われるがまま働くエリン達が人心地ついたのは、全員で根菜の皮を剥く作業を任された時だった。
逆さにした空き箱に腰を下ろし、輪を囲むエリンたちが、慣れた手つきで皮を剥く。同じ仕事をこなしてきたおかげで仲間意識が芽生えていた。向き合う面々に混ざりエリンも雑談し笑い合う。手が止まる者はいなかったが、声の大きさだけは時々注意を受けた。
そんななか、一人の納品業者が遅れてきた。頭を下げながら顔を出した人物をみて、エリンはハッと気づく。帽子をとり、ぺこぺこ料理人に遅れた詫びをいれているのは、商店街の角にある果物屋の店主だった。
エリンに気づくことなく、厨房から出てきた料理人と話しこみ、いくつもの木箱を搬入し去って行く。
お城にまで果物を卸しているんだと驚きながら、エリンは目の前の山と盛られた根菜を剥き続けた。
働きっぱなしの午前を経て、二時近くになる。
エリン達の昼食時間は班分けと同様に最後と決められていた。
時刻に合わせ、最初に通された控室に戻ってくる。
それぞれ持参したお弁当を開き、大きな輪を囲むように座った。
エリンが紙袋を開く。
ダニエルに作ってもらったパンを取り出し、油紙を開いた。
豪快に肉を挟んだパンが露わになるなり、それを見た仲間の目の色が変わる。
隣から「美味しそう」と声が上がったのを皮切りに、重労働を嘆く声や食べ応えのあるお弁当を用意すればよかった、肉が食べたいなど、そこここから声が上がった。
隣から肩をぶつけられ「用意周到ね」と冷やかされる。「私が作ったわけじゃないから」と言い訳すれば、すかさず「じゃあ、お母さんが用意してくれたの?」と聞かれ、エリンは薄笑いを浮かべた。目ざとい女性陣が一斉にエリンに注目する。
「なら、もしかして旦那さん?」
どこからか飛んできた声に、エリンはぎょっとした。
顔色の変化を見逃さない誰かが追随する。
「あらあ。お昼ご飯を作ってくれるなんて、いい旦那さんねえ」
仰天したエリンが口をはくはくさせた。束になって注がれる好奇の視線を受け、かっと頬が熱くなる。大慌てで、否定しようとしたところ、あわてふためくエリンを見て、「わかった。新婚さんなんだ!」と誰かが叫んだ。直後、わっと場が色めき立つ。
(とんでもない!)
エリンの全身に鳥肌がたった。
「羨ましいわぁ」
「ご飯作ってくれる旦那さんなんて、憧れちゃう」
あれよあれよと女性陣の想像に花が咲く。このままでは話が大きくなるばかりだ。止めなきゃ、と思ったエリンが「違うの!」と裏返った声で叫んだ。再び視線がエリンに集中する。
「違う、違う。違うの。そもそも、私、まだ結婚してないんだから!」
ぴたっと静止した女性陣が隣り合う者同士、こそこそひそひそ話し出す。
隣の女性がエリンの袖を引き、にやにやしながら囁いた。
「じゃあさあ。もしかしてぇ、婚約者?」
妙なところで的をつかれ、エリンはぴきっと凍り付く。
場の雰囲気が一気に夫から婚約者にすげ代わった。好奇を刺激された女性たちが勝手気ままに盛り上がる。こうなれば止める余地なし、話は膨らむ一方だ。ダニエルについて触れるわけにはいかないエリンは、これ以上何を言っても無駄だと諦め、むくれて食べ始めた。
不機嫌になったエリンの様子に気づき、仲間たちが話を逸らし始める。
弾みがつけば、話題はぽんぽん入れ替わっていった。
やっと話題の中心から外れたエリンが安堵し、肉が詰まったパンをかじる。
(ダニエル様のことは絶対に言えないわ。一言でも余計なことを言ったら後の祭り。墓穴を掘って、おかしなことになる)
そもそも屋敷の主が料理を手伝うことだって、使用人と一緒に食事をすることだっておかしい。果物の飾り切りのプレートを作ってもらった話なんてしたら、彼女たちの好奇心にさらなる油を注ぎ入れ、消えかけた火を再燃させてしまうことだろう。婚約者として出向いていったことまで口を滑らせたら、どうなることか。
天井にエリンは視線を向ける。
細かく思い返せば思い返すほど、使用人だと言っても信じてもらえなさそうなことばかりだ。
(あの屋敷に二人しかいないから、誤解されちゃうのよ)
むっつりと食べていた手が止まる。
朝食べた時も美味しかったが、柔らかい肉は冷めてもおいしい。
こんな美味しい料理を食べさせられては、最悪の第一印象さえ覆ってしまいそうだ。
目をつむる。二口、三口と食べ進める。
朝はしゃっきりとしていた野菜も、染み出た肉汁を吸い込み、しっとりしていた。弾力ある肉と少し硬くなったパンは噛むことに味わいが深くなる。
瞼の裏にダニエルが浮かびあがる。
その姿が妙にきらきら輝いて見えた。
んっとエリンは眉をゆがめ、ごくんと喉を鳴らし食べ物を飲み込んだ。
(あのもっさりした顔が、食べ物一つで輝いて見える? いやだ、私。どれだけ食い意地張っているのよ。夜盗にしか見えなかった顔がキラキラ恰好良く頭に浮かぶなんて! どういうこと! 飴玉をくれたからってひょいひょいついて行く幼子でもあるまいに。食べ物一つで印象が左右されるなんて、どうかしている!)
イメージを振り切るようにエリンは頭をふった。
長旅から戻って以降のダニエルは、屋敷のなかでは仕立ての良い服を着て、聖騎士の肩書に相応しい雰囲気を醸すようになった。
毎日浴場で汗を流しており、汗臭さも酒臭さもなく、清潔感のある石鹸の香りを漂わせている。
それなりに騎士らしく、格好良くなったと言えば、その通り。
そもそも鍛錬する姿は洗練されていたダニエルだ。
彼の良さが引き立つようになったと言えば、それだけのことだろう。
(ただ単に屋敷が奇麗になって、良い暮らしができるようになった結果じゃない。住まいが変わり、持ち物が変われば、人も変わるのよ。そんなものよ、そんなもの!)
変な想像が浮かぶのも、目の前にパンが残っているせいだと結論付けたエリンは、手元のパンを飲み込むように食べ進めた。
急ぎすぎたせいで、最後の一口が喉につかえた。
とんとんと胸を叩く。水筒の水を飲む。
胃のなかに食べ物を押し込むと、不思議と気持ちが落ち着いた。




