二章:十五話:2
侍女長による簡潔な挨拶が終わると、横に立つ侍女が一歩前に出て、手にした書類を見ながら、班分けを発表し始めた。
班は到着順に分けられており、エリンは最終五班に振り分けられた。
各班を率いる侍女との顔合わせが終わると、指示に従いよく働くようにと言い添えて、侍女長は大部屋を出ていった。
班ごと、先導役の侍女に導かれて大部屋を出て行く。
あっという間に人数が減り、エリンが属す班は最後に退出した。
控室まで移動した時と同様に列を作り、進んでいく。
揃いの制服を着ているせいか、はたまたお城で働くという緊迫感のせいか、自然と気持ちに張りが出る。それは姿勢や歩き方にも表れ、エリン達はまるで隊列を組んだ兵士のように足音を揃えて進んでゆく。
華やかな天井や壁に目もくれず、前を行く侍女に倣い廊下を歩いてゆくと、夜会会場となる天井高のホールに出た。
エリン含めた一行がわっと色めき立つ。
壁や天井、柱に至るまで、絢爛な装飾が施されたホールは、今まで見てきた出入り口や廊下さえ比べ物にならないほどの輝きに満ちていた。陽光や月明かりを取り入れる大きな窓、手すりを備えた中二階、そこからホールに下りる真っ白な螺旋階段。
準備に勤しむ人々を縫うように進む侍女を、周囲に気を取られながらエリン達が追う。
丁度、ホールの真ん中では、天井まで届く脚立を数人の人だかりが支えていた。
ふっとエリンは天井に目を向ける。
すると、大きなシャンデリアがあり、脚立先端にいる人が留め具に手をのばしていた。
設備の点検作業をおこなっているのだろう。
「どうだ、留め具が緩んでいるところはないか」
脚立を支える人だかりのなかから、ダニエルの屋敷を修繕した大工の声が飛んできた。
「問題ないです」
上から降ってきた声も、ここ一月の間に聞いたことがある。下から声を張り上げているのが大工だとすると、脚立上部にいる男性は、屋敷の屋根を修繕してくれた一人にちがいない。
盗み見ると、脚立を支える人のなかに、天井を見上げる大工がいた。
そんな大工の身体越しに、ひょっこり子どもが顔を出す。
(あんな小さな子も来て、手伝っているの?)
場違いなぐらい幼い少女が大きな荷物を抱えてホールの端を歩いていく。
エリンと同じ仕事着を身に着ける女性たちを追いかける少女。
見覚えがあると閃いたエリンが目を凝らす。途端にジルと一緒にいる時に、神父と挨拶をしてくれた造花売りの子だと気づいた。
おそらく、働き先のお店から出向しているのだろう。
お城に出入りできるような良いお店で働けたのであれば、それはとてもいいことだ。荷物を抱いて一生懸命歩く少女に、がんばってと心の内で声援を送り、エリンは前を向いた。
先導する侍女が止まった。追随する女性たちも足を止める。前を向いたばかりのエリンはつんのめりながらも、つま先で踏ん張って静止した。
先頭を歩く侍女の前を、布で覆われた大きく平たい荷物が運ばれていく。台車にのせて移動する男たちを見た瞬間、あれっとエリンは二度瞬いた。荷物を運んでいるうちの一人が、屋敷に家具類を売りに来た店主であると気づいたからだ。
台車が通り過ぎ、再び歩き出す。
荷物を運ぶ商家の店主を目の端で捕らえ、エリンは思った。
(見知った人が今日はたくさん来ているのかも……)
背筋を伸ばし、エリン達は進む。
ホールの出口にさしかかったところで、前から来た背の高い一群とすれ違った。
騎士服を身に着けた男性たちは、厳めしい顔つきで、エリン達の横を大股で歩き去ってゆく。
前の女性たちが見惚れるように彼らを見送り、後ろの女性からは小さなため息が漏れ聞こえた。
すれ違いざま、エリンも騎士の一群をちらりと見る。
見覚えがある横顔が目についた。
ざっと記憶をたどると、それが誰か、ぱっと頭に浮かんだ。
(ジルさんの傍にいた方の一人だわ。確か……、スリを捕まえてくれた人ね)
歩みの速い騎士たちが通り過ぎる。
振り向いて、もう一度確かめたい気持ちにかられたエリンだが、そこは仕事中と我慢した。
侍女に案内された先で掃除道具を手にしたエリンたちは、音楽家やご令嬢方の控室などにあてられるバックヤードを掃除して回る。
置かれているすべてが美術品といって過言でない煌びやかな部屋をいくつも渡り歩くなかで、特に目を引いたのは談話室に飾られた一枚の絵画であった。
そこには柔らかな髪を結い上げてティアラを飾る、若々しくも凛々しい女性が光沢のあるドレスを纏い描かれていた。
ちらちらと目を向けてしまう女性たちの手がおざなりになる。
見かねた侍女が仕方ないとばかりに、全員に向けて声をかけた。
「少し手を止めましょう、気になっていては仕事がはかどりません」
侍女が絵画の前に立った。
「皆さんが見惚れてしまうのもよくわかります。この絵画を初めて見た時、私も同じように魅入ってしまいましたから」
手を止めたエリン達の注目が侍女に集まる。
「絵画に描かれているのは、若かりし頃の太合様。王妃時代のお姿です。陛下がお生まれになる以前、王家に嫁がれた翌年に描かれたものだと聞き及んでおります。太合様が最も輝いていらっしゃる頃を描きあげた、夜会で飾られる定番の一枚になります」
大粒の宝石さえ色褪せる知性と品格を兼ね備えた、微笑を浮かべる女性にエリンは目を奪われた。
「とはいえ……」
侍女が話を続ける。
「太合様の半生は平たんな道ではありませんでした。この後、夫君である前王が崩御され、幼かった現王を支えられることとなります。窮地に立つことになった太合様は、ご実家の公爵家とともに尽力し、危機を乗り切ったお方です。夫君を亡くし、御子を抱え、それでも国を支えた偉大な方なのです」
侍女がパンと手を叩く。
「さあ、話はここまでです。仕事に戻りましょう」
見惚れていた女性たちが一気に正気に返る。わらわらと各自の仕事に戻ってゆく。
そんななか、エリンだけは目に焼き付けるかのようにじっと太合の絵姿を見つめていた。
誉れ高い家門から華々しく嫁いだご令嬢は、眩いばかりの笑みを浮かべ、太陽を背負うかの如く、陽気に満ち満ちている。生まれながらに恵まれる珠玉の御姿には一点の曇りも穢れもない。
(王妃様になる方はやっぱり何もかもが特別なのね。私とはまるで正反対……)
自信に満ち溢れて見えるのも、前王の愛を一心に受けてのことなのかもしれない。
望まれて嫁ぐとはまさにこういうことなのだろう。
(初日に出て行けと邪険にされて、戻って来た時には怒鳴られた。私なんかとは比べ物にもならないわね)
話にならない記憶を振り切るように、エリンはふいっと視線を逸らせた。




