二章:九話:4
「エリン、食事の用意を」
「はい!」
エリンは大急ぎでスープやパンなどを必要な品々をダニエルの前に置いた。
ついで自分の分のスープもよそい、隅に行こうとしたところで、
「おい」
ダニエルに呼び止められた。
びくっと肩を震わせたエリンが恐る恐る見返る。
「ここに座れ」
ダニエルは横の席を示した。
(隣!)
ひるむエリンの反応を見て、面白そうにダニエルは目を輝かす。
「話しておくことがあるから、こっちにこい」
人差し指でとんとんとダニエルがテーブルを叩く。
取り分けた魚と飾り切りの果物を盛った二皿を置いた席を示し。
(そう言われましても……)
戸惑うエリンは目を泳がす。
「早く座れ」
拒否もできず、身体を極力小さくしたエリンがダニエルの隣に座る。
居心地悪さに内心はげんなりだ。
(給仕をするためにも、少し距離を取っておきたいところなのに……)
しぶしぶエリンが座ったことを確認したダニエルが話し始める。
「これからの生活についてだが」
(生活?)
エリンの思考が瞬時止まる。
「俺の朝は早い」
(……。はい、知っています。朝は鍛錬の時間ですよね)
言葉は発せず、エリンは頷く。
「俺は朝一の鍛錬を終えてから朝食をとる。ここにいる場合、午前は自由にしていることが多い。昼前にも鍛錬し、その後は毎度汗を流すつもりだ。いいだろうか」
「かしこまりました」
ダニエルの暮らしを支えるのがエリンの務め。そこに良いも悪いもない。浴場を頻繁に使うというのなら、ダニエルが望む習慣に合わせるまでだ。
話に耳を傾けるばかりで、一向に食べ始めないエリンにダニエルが「冷めるぞ。食べながら聞け」と命じた。
不承不承カトラリーを手にしたエリンは、極限まで小さくした魚をほおばる。最初の一口は食べた気がしなかった。
エリンが食べたことを確認し、ダニエルは再び話しだす。
「朝食を食べてから出かける場合は、夕刻に帰宅する。夕食がいらない場合もある。その場合は、出かける前に言っておくつもりだ」
ダニエルの声音は落ち着いていた。その口調が、出会った時、ひいては帰宅した時と大いに違う。語り聞かせる口調はゆったりと心地よく、幾分低く感じられた。
ダニエルのルーティンは仕事上、最も大事なことだ。居心地の悪さをいったん横に置き、エリンは一字一句聞き逃さないようにと耳をそばだてる。
「ここにいる時は、昼に一度寝る。四時を回って起きてこない場合は起こしてくれると助かる」
いつの間にか食べ終わったダニエルが、コンポート皿に残った果物へ手を伸ばした。
「切りますか」
「いや、いい。自分でする」
ペティナイフを手にとると、キウイのヘタに刃を入れて器用に芯を取ったダニエルが、皮ごと食べ始めた。
その食べっぷりに仰天しつつも、これぞダニエルらしいと、エリンはほっとする。
目の前にある果物が飾られている一皿こそ、本当にダニエルが盛り付けたのかと問いただしたくなる。
切っている姿を見ていなければ、本当に盛り付けたのかと疑っていたに違いない。
果物を食べ終わったダニエルが手を拭き立ち上がった。
「ご馳走様」
「あっ、待ってください」
ダニエルが見返る。
食後のお茶はといつもなら聞いているところ、果物のことばかり考えていたエリンは、
「この果物のお皿はどうしたらいいですか」
と口走ってしまった。
発してすぐにエリンはあっと無声で言いよどむ。
「こういう盛り付けは嫌いか」
「いいえ、そんなことはないです」
ダニエルの雰囲気が和らぐ。
微かな変化を察したエリンが両目を見開いた。
「なら食べればいい」
ふいと前を向いたダニエルが退出する。
残されたエリンは、呆けた顔で閉じられた扉を見つめた。
眼前に目を向ければ、華やかに盛り付けられた果物の一皿。
まじまじと見つめ、エリンはぽつりと呟く。
「私に? これを?」
どうとらえるべきかと、眉間に皺を寄せた。
「使用人として認め、歓迎してくれた証ととらえればいいのかしら……」
一抹の疑問は残るものの、そう受け止めれば、喜びがじわじわと膨らみ始める。
エリンは手にしたフォークをぐっと握りしめた。
好きにしていいという言葉がお墨付きなら、果物の飾り切りのプレートは歓迎の意向と捉えられる。
「ここにいていいんだ、私。働いていいんだ」
勇み足で歓喜に突っ走りかけたところで自制心が袖を引く。
「でも……。まだはっきり、働いていいとは聞いたわけではないし。だけど、一日の予定を教えてくれたってことは……、そういうことじゃない。効率よく仕事するにはダニエル様の一日の動きは把握しておくべきことだし」
受け入れられたのか、受け入れられていないのかと押して引いての思考を繰り返していても、目の前に残された鮮やかな何にも勝る証拠が、不安や疑念を吹き飛ばす。
「やっぱり、これは歓迎の証よね。うん、そう。きっと……。だったら、なおさら、まず食べなきゃ。せっかく用意してくださったんだもの」
エリンはフォークを手にし、イチゴを刺す。恐る恐る頬張った。口のなかいっぱいに甘酸っぱさが広がれば、体中に歓喜が満ちる。
片頬に手を添えたエリンがあふれんばかりの笑顔を浮かべた。




