一章:五話:1
屋敷の修繕がとうとう終わった。
陽光が照らす出す玄関ホールを見上げたエリンは、視界いっぱいに広がる様変わりした内装に、両目をキラキラと輝かせる。
厚みのある絨毯が敷かれた床や階段のステップ。
沁み一つない真っ新な壁紙。
整然と並ぶ支柱に支えられた階段手すり。
透明度の高いガラスがはめられた窓枠。
一新された内装はどの角度から見ても完璧で、夜盗の根城やゴーストハウスだと誹る要素は欠片も見いだせない。
すべてが大工と話し合い、取り組んだ結晶そのものだ。
エリンは誇らしげに胸を張った。
無尽蔵に湧いてくる充足感が体中に広がってゆく。
やり遂げた達成感に満たされた。にんまりと笑みがこぼれる。
「エリンさん」
突如、後ろから声をかけられた。
驚いたエリンが振り向くと、大工が玄関扉を開き入ってきた。恐縮しながらエリンの元に近寄ってくる。帽子を取った大工がエリンの前に立つ。
「俺たちの仕事も今日で仕舞だ。作業が済み次第、撤収する。おそらく、いつもより早く終わるだろう。二十日程の間、とても良くしてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。短い工期でここまで仕上げてもらえるなんて。想像以上ですよ」
「いやいや、お礼を伝えなくてはいけないのは俺の方だ」
「お礼だなんて。屋敷をここまでよくしてくださったのですから、感謝するのは当然です」
「とんでもない。こっちは、これでやっと残金を受け取れる。仕事をしないわけにはいけない案件だっただけに、とても助かったよ。ありがとう。本当に心から礼を言うよ」
「そんな……」
「これは国からの依頼だ。聖騎士様がいないという言い訳があったとしても、手付かずのままいて許されることではない。あまりに仕事をさせてもらえないでいたら、ここだけの話、首が飛ぶんじゃないかと正直ひやひやしていたんだ」
「まあ……」
忙しいダニエルとすれ違いになっていた結果とはいえ、命の危機まで感じていたとは、気の毒なことである。
「しかし、エリンさんの手際の良さには驚かされたよ。昼時のお茶の差し入れもありがたかった」
「屋敷をよくしていただくんですから、それぐらい当然ですよ」
「最初はメイド一人しかいないのかと不安もよぎったが、それさえ杞憂だった。エリンさんはまるでこの屋敷の執事そのものだ。貴族様のお屋敷を切り盛りする一流の執事と比べても遜色ないぐらいだよ」
「褒め過ぎですよ」
「褒め過ぎなものか。聖騎士様が信頼して、この屋敷をエリンさん一人に任せているのもわかるよ。それだけ優秀ってことだろ」
「もう、褒め過ぎですって」
「いやいや、率直な感想だよ」
大工に褒められ、エリンも悪い気はしなかった。
残った廃材を運び出したら撤収すると言い大工は頭を下げつつ出ていった。
見送ったエリンは廊下を歩き始める。一新された内装を隅々まで見て回った。
(伯爵家で働いてきたことがこんな風に役立つなんて、思いもよらなかったわ)
日陰者であった過去がまるで嘘のようだ。
新築のように蘇った屋敷という、目に見える成果にエリンは満悦する。どれだけ隅々まで見ても、飽きることがない。嬉しさのあまり、頬が緩む。
(やっぱり私には働く方が合っているのよ)
エリンに対し、ダニエルは開口一番出て行けといった。
最初から婚約者なんて望んでいないことは、金貨を投げつけた態度からしてもあからさまで、分かりやすいぐらい明らかだ。
「婚約者はいらなくても、屋敷を管理する使用人は必要不可欠。いつ追い出されるかわからない婚約者でいるよりも、働かせてもらう方がずっといいわ」
これだけの屋敷を管理するためには相応の人手がいる。小ぶりな屋敷とはいえ、執事にメイド、庭師に料理人、それぐらい雇って丁度良いぐらいだ。
現に使用人用の部屋だって数部屋あるのだから、元々住んでいた人も何人か住み込みで雇っていたに違いない。
エリンは拳を作り、顔をあげる。
「私は働ける。これだけのことができるんだって証拠を見せつけて、働かせてもらえばいいのよ。婚約者として居る必要なんて、始めからないんだから」
働かせてほしいと嘆願する際、この屋敷の変貌ぶりは良い実績になるに違いない。
(屋敷を綺麗に掃除して、長旅から戻られるダニエル様を迎える準備をしよう。そうして戻ってきたら、新しいこの屋敷で、聖騎士らしい快適で、寛げる。満足できる暮らしを提供するのよ! そしたら私はここでずっと働ける!)
気持ち新たにエリンは屋敷を見て回る。
最新の設備が整った厨房、一新された浴場、使いやすい洗濯場。
どこを見ても非の打ち所がない魅力的な職場環境だ。
(うれしいなあ。伯爵邸だって、ここまで整っていなかったもの。こんな最新の設備が揃った屋敷で働けるなんて嘘みたい。しかもダニエル様を主として働くのよ。すごい、すごいわ。最高の職場で、尊敬する人の元で働けるなんて! 最高に幸せじゃない!)
輝かしい未来が訪れる。
そんな予感を覚え、エリンは瞳を輝かせる。
大工が去り二日後。今度は家具などの商品を扱う商家がやってきた。商家の店主もまた、国からの依頼を受けて来たという。
ダニエルから屋敷のことを任されているとエリンが告げると、屋敷の修繕が終わらないため商談を始められずに困っていたと店主もまた、大工同様本音を漏らした。弊害がこんなところにも及んでいたのかと驚きつつ、エリンは商家の店主を招き入れ、屋敷内を案内し始めた。
時間が惜しい二人は歩きながら話し合う。各部屋にどんな家具を置くか、照明器具をどうするかなど、細かい話題を延々と詰めていく。
エリンは伯爵家の室内を参考にしつつも、聖騎士の邸宅であることを踏まえ、華美になりすぎないよう心掛け提案していく。的確に決断していくエリンに、商家の店主も必死で注文内容をメモしていった。
移動中の雑談で店主が日用品も取り扱っていると知ったエリンは、掃除道具や調理器具、洗面場や浴場に置く小物類なども一緒に頼むこととした。
商店街で買うよりもずっと良い品をそろえることができるうえに、家具に合わせて選ぶこともできる。
なにより買い物時間が短縮できることがありがたかった。
注文用紙の記入が終われば、作業日程も決まる。
搬入する家具や日用品は種類も数も多く、すべて納めるには三日はかかるということだった。
翌日、店主はたくさんの荷物と作業員を連れて、屋敷にやってきた。
手際よく、物品を運び入れる店主に仕事を任せ、エリンは掃除に勤しむ。
そして昼時。
大工の時と同じように、お茶を差し入れてから日課の買い物へとエリンは出かけたのだった。




