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一章:四話:5

 平民の住宅街を抜けて通りに出た。

 ざっと周囲を見渡す。


 人込みのなかにジルを探すものの、こういう日に限って見当たらないのが世の常だ。

 案の定、商店街に向かって歩けど、ジルらしき人影はどこにもない。


 とうとう角にある果物屋が見えてきて、エリンは足を止める。


(参ったわ。これなら、もっと早くジルさんに事情を話して助けてもらえばよかった)


 しばらく道の端で立ち呆けるものの、ジルが現れるような気配はない。

 買い物に出ている間にすれ違うのも嫌なエリンはその場を離れることもできなかった。


 ポツンと道の片隅で待つ。

 時間だけが流れる。

 人の視線に徐々に耐えられなくなってきた。


 仕方なくエリンは、ジル行きつけのカフェに入った。


 道の様子がよく見えるテーブル席に着き、飲み物を一つ頼む。これで手持ちのお金は金貨のみとなった。

 小銭入れに残る金貨の重みがさらに増す。

 代わり映えのない通りに目を向けた。建物と建物の間には靴磨きの少年が座っており、少し遠くでは通行人に話しかける造花売りの少女がいる。


 行きかう紳士淑女はそこここにいるというのに、ジルだけがどこにもいない。

 カフェで待っていれば会えそうな気がしていたものの、期待は徐々にしぼみ始める。

 来るか来ないかわからない相手を待つのは辛い。

 時間が立つごとに、心細くなる。


(ジルさんに会えなかったらどうしようかな。明日も会えるって保証もないのに……)


 不安が募ってくるエリンの耳に、隣の席に座る二人組の会話が聞こえてきた。


「今の王様はてんでだめだね。若いっていうのもあるが、ほぼ母親とその実家に任せきりじゃないか」

「前王が急死して、母方の実家であるボネヴィル公爵家と繋がりがなかったら、この国も終わっていただろうな」

「さすが宰相を最も輩出し、この国を支えてきたボネヴィル公爵家だ。

 だというのに、その血を引いている現王に至っては、一向に頭角を現す気配もないよな。もう子供じゃないというのに、母親の実家におんぶにだっこではいただけないよ」

「まったくだ。そんなんだから隣国になめられ、東の鉱山地帯で問題が起こって慌てることになるんだ」

「ほとんど公に顔も出さないで、王様はいったい何をしているんだかな」


 エリンは天を仰ぎ見る。

 聞こえてきた話題は伯爵家でも聞いたことがあった。


 十数年前に先王が崩御し、現王が即位した。

 当時十歳で即位した王に実権はない。

 当然のごとく、王妃である母の実家、ボネヴィル公爵を頼るより他なかった。

 それにより摂政という地位を得た太合とボネヴィル公爵家が政治の隅々にまで影響を強め、政務全般を牛耳り、今に至る。


(何事にも表と裏があるものよ)


 男たちが褒めているボネヴィル公爵家だが、いて良かったと言えるのは首都で暮らす平民までであろう。多数を占める平民に小さな飴を与え、貴族には服従を強く彼らは、隠れたところで重税を課している。見せしめに断絶された家もあったらしい。


 結果、貴族たちは、公爵家の顔色を窺い、不当な扱いを受けないよう、保守的に立ち振る舞う道を選ぶようになった。


 伯爵家でも、公爵家の要求により何度か緊迫した雰囲気になったことがある。

 直に仕える執事やメイドが、不機嫌な伯爵と夫人に頭を抱えていたものだ。

 内々のことを知ってもいいことはないが、働いていれば屋敷内のことは自然に耳に入ってくる。

 実情に詳しい執事のぼやきをエリンはよく覚えていた。


(災害時の支援をケチられたり、理由をつけては税を増やされたりしているのよね。日照りで前年と比べ不作だと言っても、例年通りの納税を求められたり……。明らかに、他の家門が力をつけないように、じわじわと圧力をかけているって言っていたっけ)


 男たちの会話は続く。


「知っているか、近いうちに城で開かれる舞踏会だか、なんだか会で、重大な発表が行われるらしいぞ。しかもな、どうやらそこで婚約発表が行われるらしいぜ」

「誰の」

「誰ってそりゃあ、王様だろ。あの年でまだ結婚していないんだ」

「そうか。そういえば婚約者さえいなかったよな」

「つまり公爵家の一人娘が婚約できる年まで保留にされていたってことだろ。新聞にだって、公爵家の一人娘が最有力候補だって書いているじゃないか」

「ははっ、これじゃあまるでご令嬢たちが競馬の出走馬に見えるな」

「一番人気はボネヴィル公爵家息女ソフィー・ボネヴィルとなれば、もう出来レースと言っても過言じゃない」

「こりゃあ、いよいよ、ボネヴィル公爵家が本格的に王家を乗っ取りに行くのか」

「乗っ取るんじゃない。返り咲くんだろう」

「先代に続き、王様もいよいよ種馬扱いだな」

「まったくだ」


 笑いながら、男たちが席を立つ。


「……」


 エリンは何とも言えない気分になった。

 伯爵家には領地で働く使用人もやってくるし、時には首都で働く使用人が地方に出向くことがある。彼らの話では、ボネヴィル公爵家の政策による貴族の締め付けの影響を直に受け、領地の暮らしは目に見えて苦しくなっているそうだ。


(街で暮らす人と地方で暮らす人は違う。貴族と平民でも認識が違うのよね)


 地方で搾り取ったものにより、潤う首都。

 資産と地位を守るために貴族たちは公爵家に目を付けられないように沈黙する。

 そのしわ寄せは、地方で暮らす領民たちが受けているのだ。

 伯爵も公爵家のやり方に不満を抱きながらも、黙って付き従っていると執事は言っていた。


明日は12時10分、一回のみ予約投稿しています。

明後日は午後に14時台から、午後に二回予約投稿しています。

ブクマして読んでいただけたら嬉しいです。

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