一章:四話:1
ダニエルを見送ったエリンが見返る。
玄関ホールを眺め、苦笑いを浮かべた。
「まるで金目のもの目当てに盗賊が押し入った後みたい。空き家だっただけで、こんなに朽ちるものなのかしら?」
独り言ちる。
まずは厨房と廊下の掃除から始めようと気持ちを入れ替える。
荷物を取りに自室へ行こうと一歩踏み出したところで、玄関のベルが鳴った。
(ダニエル様が戻ってきた?)
振り向いたエリンは、二度目のベルが鳴るなか大慌てで扉を開く。
ところが、そこにダニエルはいなかった。
代わりに見ず知らずの白髪交じりの中年男性が立っており、エリンの顔を見た途端、ほっとした表情を浮かべ、被っていた帽子をとった。
「良かった。やっと人が出てきた」
意味の分からない一言に、エリンは「どちら様ですか」と訝し気に問うた。
「これは失礼。初めまして、お嬢さん。俺は大工で、聖騎士様のお屋敷を修繕するように国から依頼を受けている者だ。前金として料金も一部受け取っているというのに、何度訪ねても誰もいなくてな。ほとほと困り果てていたんだよ」
あまりのタイミングの良さにエリンは目を丸くする。
修繕の予定があるなどダニエルからは一言も聞いていない。
伝え忘れたがあったにしろ話がうますぎる。このまま鵜呑みにしていいものか。
迷うエリンだが、屋敷の現状を見てきたがゆえに、男を無下に退ける気にもなれなかった。
とはいえ、二つ返事で喜ぶのもどうかとエリンは慎重に構える。
「料金が支払われているんですか? 国から、本当に」
「もちろんだとも、疑わないでくれよ」
警戒を抱きつつも、エリンの胸にむくむくと期待が膨らみ始める。
「本当に?」
「紛れもなく本当なんだ」
大工は、下げる鞄から書面を取り出し、エリンに見せる。
「ほら、国からの依頼書も持っている。着工予定日だって書いてあるだろう。もう数日過ぎてしまっていて、どうしようもない状況なんだ」
ざっと見た書面には、期日の他、重々しい文面と、よく分からないサインと印が押されていた。見た目は立派な証明書である。
「この屋敷を望まれた聖騎士様のためにと国から直々の依頼でな。俺も費用の一部を受け取っている手前、仕事をしないわけにはいかない。国からは早く直せとせっつかれ、動かざるを得ないというのに、何度訪ねても誰もいない。どれだけ俺が困っているか、雇われている者ならわかるだろう」
「それはそれは……」
お気の毒に。
そう思いながら、エリンは拍子抜けする。
国が前もって修繕を準備していたとは!
エリンが考えるまでもなく、国も国で屋敷の状態を把握し対処を講じていたということだろう。
さっきまで抱いていた腹立たしさが一気にしぼむ。途端に毒気が抜かれた。
(ダニエル様は忙しいらしいから、行き違いになっていたのかしら。私が来たって関係なしに出かけるぐらいですもの、その可能性が高いわね)
修繕。
その二文字に頬が緩みそうになるエリンは逡巡する。
(いいんじゃない、屋敷を修繕すれば。
ダニエル様はお忙しいわけだし、商談なんてしている暇ないじゃない。そもそも一月はいないのよ。
その間、仕事ができないと大工さんも困るし。私も暮らすに耐えられないし。なにより、ダニエル様が戻ってきた時に、屋敷が奇麗になっていたとしたら……。
すごく……、すごく、いいじゃない)
舞い上がりそうになる気持ちを抑え、エリンは胸を張った。
業者相手に偉ぶりすぎてもだめだが、委縮しすぎてもいけない。そのように伯爵家の執事から学んでいた。
「よく来てくださいました。こちらとしましても、手の施しようがない現状にどうしようかと思案していたところです」
「だろうな。ここから見えるだけでも修繕するところがたくさんありそうだ」
「目に入る状態なんてまだ良い方と言えるぐらい壊れていますよ」
「ならば早急に修繕しないとな。なあ、あんたはこの家のメイドだろう。聖騎士のご主人に取り合って、工事の日取りを決めてもらえないだろうか」
「それなら問題ございません。この家のことはダニエル様より自由にしていいと申しつかっております」
ダニエルはエリンに『勝手にしろ』と言った。良いように解釈すれば、家を修繕することだって勝手にしていいはずだ。言質はすでにとっている。
なにせ国から書面で依頼されているうえに、前金まで支払われているというのだ。金銭面含め、ダニエルに迷惑をかけることもない。負担なく修繕できるというのなら願ったりかなったりだろう。
(やっぱり国だってダニエル様の働きを認めているんじゃない)
住めない屋敷をそのまま与えるはずがないのだ。
喜び勇むエリンは、うっかり喜色が顔に表れないよう気を付けて、伯爵家で見てきた古参の執事気取りの真顔を作る。
軽く咳払いしたエリンが、手のひらを返す。室内を示し、大工を招いた。
「来て早々申し訳ないのですが、さっそく室内を検分していただけますか?」
「いいのかい、聖騎士様に確認しなくて。こちらとしてはありがたいが……」
「ええ、ダニエル様から了解は得ております。
どうぞこちらへ。
まずは屋敷内から検めてくださいませ」
こうしてエリンは大工と屋敷をくまなく見て回り、細部に至るまで破損箇所をチェックしてゆく。
歩きながら話し合い、窓は枠ごと取り換え、壁紙や床板なども張り替えることが決まった。天井に階段、外壁に屋根、窓にベランダと、修繕は多岐にわたる。古い設備も一新することとなった。
伯爵邸で働いてきたエリンは、内装や設備を生まれた時から見て育っているため、貴族の屋敷とはこうあるべきという模範を理解している。
知識豊富なエリンの対応に、「さすが聖騎士様に雇われるメイドは有能だ」と大工も終始感心しっぱなしであった。
次話は24日12時10分に予約投稿してます。
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