一章:三話:3
ダニエルが鍛えているのならば、エリンだってそれ相応の仕事をしなくては!
いつまでも呆けてなんていられない。
いまだ火照る両頬を叩き、エリンは己に活を入れる。
前を向く。
袖をまくり上げれば、仕事に取り組む意識に切り替わった。
(あれだけ動いていたら、お腹も空くわよね)
身体を動かしているのだから当然だ。
エリンは厨房を見回しながら、奥へと進む。
調理台は片付いていた。隅に生ごみを入れるバケツがあり、その横に空き瓶を入れる木箱もある。昨日呷っていた瓶も空となり入っていた。
(意外と奇麗好き?)
髪もぼさぼさ、髭もまともに剃っていない昨夜の飲んだくれた風貌を思い出し、エリンは小首を傾ぐ。見かけによらない一面もあるものだと感心しながら、瓶が入った木箱を覗くと、一緒に空いた缶も入っていた。昨夜、エリンが食べて、厨房の隅に置いてきたものである。
ビックリしたエリンは振り向く。
置きっぱなしにしてきた場所に目を向けると空き缶もフォークもなかった。
「もしかして、私の分も片づけてくれたの……」
驚きが静まり心の隅っこがむずがゆくなった。自然と頬が緩む。
朝は時間との勝負である。
特に早朝の厨房は戦場と言える。
感情に浸っている時間はない。
表情を引き締め、エリンは動き出した。
シンクや竈、棚など、ひとまずどこに何があるか確認していく。
竈の横には少なからず薪が積まれており、最低限の火は熾せそうだ。
(古いタイプよね。今時、火熾しからなんて……)
道具や機器の進歩により、十年以上前から竈からコンロへ時代は移り変わっていた。平民の家ならいざ知らず、地方の下級貴族の屋敷からだって、遅くとも五年前に竈は姿を消している。ましてやここは寂れていても、首都の一角だ。
(設備が古すぎるってことは……。少なくともこのお屋敷は、十年以上放置されていたということになるのかしら)
長年放置された廃墟同然の屋敷を、北でも東でも活躍した功労者に与えるなど、あまりにもひどい。どうせ与えるなら、小さくても住める家を用意すべきだろう。
(聖騎士に任じておきながら、さすがにこれはないでしょう)
ぷりぷり怒りながらエリンは薪を組み、火打石を用いて細い枝木に火をつけた。
ちろちろと火が躍り始めると、ふいごで炎を大きくする。ばちばちと火花が散り始め、炎が安定してきた。
次いで、エリンは棚の食材を検める。数種類の缶詰に、硬くなったパンの他、卵が平籠に入っていた。パンの陰には、オイルが入った小瓶もある。
卵液にパンを浸して焼いてもいいが、しみ込ませるには時間が足りない。なにより砂糖や塩といった肝心の調味料が見当たらない。
(お酒を飲むなら、塩ぐらいあってもいいはずなのに)
これでは作れるものが限られる。
(外で体を動かしているのだから、肉類の方が良いかしら……)
コンビーフの缶詰を手にする。卵に混ぜて焼けば、調味料がなくとも十分食べられるだろう。幸い、フライパンに鍋、ボウル、フライ返し、おたまやお皿などの道具一式はそろっていた。どの調理器具も使える状態で置かれている。
(料理なんてしなさそうなのに……)
不可思議に思いながらもエリンは食材と道具を調理台に用意した。
手早くボウルに卵を割る。卵液を溶き、缶詰のコンビーフをざっくり混ぜあわせた。なるべく塊を作らず、均等になるように。
竈にフライパンをかざし、小瓶のオイルをたらした。ぐるりと回し、油分をなじませる。
そこに一気にコンビーフ入りの卵液を流し込んだ。
じゅわっと表面に火が通ると、しばらくしてからぷつぷつと泡立つように焼け始める。食欲がそそる香りが立ちのぼり、エリンは口元をほころばせた。
まだ固まり切らないうちにフライパンを揺すり、手早く半円を作りきる。
コンビーフの赤い筋が見え隠れする黄色い半円を平皿に盛り付けようとした時だった。
「何をしている!」
背後から怒声が響いた。




