四章:二十八話:1
長椅子に座るエリンは、音楽に合わせ軽やかに踊る貴婦人を眺めていた。
男性の手をとる女性たちが色鮮やかなスカートをひらめかせ、ステップを踏む。
華やかな演舞は見ていて飽きることがない。
終曲をむかえた。踊り終えた人々が周囲に目を向け挨拶する。踊る者、見ている者がわらわらと入れ替わってゆく。
(きれい……)
新たな曲が流れ始めた。
ほんの数か月前まで無関係であった世界に見惚れるエリンは、耳を傾け、軽く目を閉じる。
「うまくやったわね、あなた」
調に身を委ねるエリンを冷え冷えとした声音が刺した。
びくっと肩を震わせ、エリンが瞼をあげた。
声がした方に視線をむければ真っ赤なドレスを着たアメリアが立っていた。
「アメリア……」
肩を怒らせ腕組みする異母姉の名をエリンは息吐くように呟く。
昼時に会っているにも関わらず、何年も顔を見ていないかのような、不可思議な感覚に包まれた。
「横、よろしい」
アメリアはエリンの答えを待たずに座った。
背筋を伸ばしエリンも座りなおす。
「もう王族にでもなった気分なのかしら」
「まさか、そんなつもりなんて……」
ないとエリンが言い終える前にアメリアが声を被せてくる。
「あなたに近づこうとして、止められる人が何人もいたのよ。知ってた?」
なんのことか分からず、エリンは小首を傾ぐ。
ダニエルもいない状況下、話しかけられても心底困るとだけ思った。
「まるでお姫様みたい。騎士様方から遠目に見守られて」
親指の爪をアメリアがきりっと噛む。すぐに拳を下し、スカートを握りしめた。
「私だって最初は控えるよう言われたけど。この顔、あなたと似ているでしょう。顔で姉妹だってわかるでしょって言いきってきたの。姉妹にお祝いの言葉一つ言えないなんておかしいわと言ったら、顔を見合せた騎士様が、特別にって通してくれたわ」
忌々しいとばかりにアメリアの声は震えていた。目尻も吊り上がり、口元もねじれている。
何を言い出すか分からないと察したエリンは身を硬くした。
「良い御身分になったものね。王兄の花嫁ですか。元奴隷上がりが」
「花嫁って……」
「王様が紹介したのよ。会場中を包んだ拍手と賛辞は聞いているでしょう。覚えてないの?」
答えようもなく、エリンは沈黙する。立っているだけがやっとで、細かな発表内容まで覚えてはいなかった。
「なによ、それ」
アメリアが不愉快と言わんばかりに吐き捨てる。
(どう思われても、記憶にないものはないわ)
お茶会のお出迎え時然り、アメリアが出てきて碌な目に合っていないことを思い出すエリンは警戒を強める。
「やっぱり、あなたにその立場は相応しくないのよ」
髪を払ったアメリアが、不遜な笑みを浮かべた。
なにを言い出すのかとエリンはぎょっとする。
「奴隷上がりの最下層の平民に嫁ぐのなんて嫌だったけど、彼が王様のお兄様なら話は別よ。
ねえ、今からでも、辞退しなさいよ。
私が代わるわ。
私だって、ミドルトン伯爵家の娘よ。条件は同じ。
それどころか、生粋の伯爵家の息女は私。あなたじゃないのよ」
アメリアが人差し指をエリンの胸に突きつけた。
「王族の間に立つあなたなんて、貧相もいいところよ。
顔色が悪いと思っていたけど、まさか記憶までないなんて。身分が違いすぎて、場違いすぎて、拒否反応でも示していたのではない?
元より、あなたには過ぎた立場なのよ。
奴隷出身のあなただって、使用人として雑用係をしている方が落ち着くはずよ。
あなたにはあなたの立場があるの。その辺をわきまえているのなら、その立場、私に譲りなさいよ」
さすがのエリンもむっとする。
(ダニエル様の傍にいるって、そんな簡単な事じゃないわ!)
母を殺され、生き延びるために北に逃れたダニエルが、どれほどの辛酸を舐めてきたか。身寄りのない子どもが生きていくことが、どれだけ大変か。
勝手なことばかり論じるアメリアにエリンは冷酷に告げる。
「嫌です」
アメリアが表情を曇らせた。エリンが異を唱えるなど、考えもしていなかったかのように。
「断られたのはアメリア様です。王様が直々に発表されたのなら、覆すのは不可能だと思わないんですか」
「だから、あなたが断ればいいのよ」
エリンに向けるアメリアの人差し指が小刻みに震えて、折れ曲がった。




