四章:二十七話:2
「私、陛下に嫁ぐのも嫌でしたけど、殿下に嫁ぐことも心底嫌でしたの」
「俺も同意見だ」
「幼い私では、うがった見方とお思いになるかもしれませんが。
私の目には、父も祖父も、男児が産まれなければ、傍系から優秀な男児を後継に据えればいいと手段を講じることばかりに目を向けているように見えますの。彼らの眼中には、おばあ様もお母様も最初からいないようなのですわ。
彼らは彼女たちを諫めることもなければ、慰めることもしないのです。
同じ家に住みながら無関心もいいところ……。
きっと互いに互いのことを背負うのが、とても面倒くさいのでしょうね」
一瞬浮かべた皮肉な笑みをさっと消し去り、ソフィーは元の無邪気な笑みを浮かべた。
「陛下が、殿下のためにと婚約者を選んでくれて。一番嬉しかったのは私なのです。
聖騎士ダニエルが第一王子だと露見される前に、陛下が手を打ったのでしょう。
公に婚約者の存在を認知させたのも、公爵家に対するけん制。
私どもに、付け入る隙などありませんよと見せつけるためだったのでしょうね」
両頬に手を添えたソフィーが、何かを思い出すかのように瞼を閉じる。
笑顔のままに、ふにゃりふにゃりと身体を揺らし、うって変わった甲高い声で話しだした。
「現に、ホールでのダンス。とても素敵でしたわ。
こっそり陰から覗き見ていましたら、お二人とも、ぴったり寄り添って。殿下ったら、エリンさんが転ばないように気遣われていらっしゃったでしょう」
照れ照れに頬を染めるソフィーの変わり身にダニエルは面食らう。
しかし、真逆の方向に話をすっとばしたソフィーは止まることなく、嬉々としてまくし立てる。
「不安げだったエリンさんも、殿下のお優しさに感化されたのか。
肩に頬を寄せられて、とても柔和な表情をされていたのよ。
ああ、もう。見ていてこそばゆくなるぐらい、素敵でしたわ。
階下に降りられる時も、殿下ったら、エリンさんが転ばないように慎重に降りられていたじゃないですか。
あの階段、見た目はそれなりに良いのですが、幅が狭くて降りにくいの。
転ばないように降りるのは一苦労という代物なのですわ。
しかも意外と見られるのです、ホールから。
そんなところで、転びたくもないですし、転ばないよう歩くのも至難というものですけども。
まあまあ、殿下ったら、エリンさんの歩調に合わせられて。
あの階段、ドレスを着た女性には降りにくい仕様になっているの、覚えていらっしゃったのでしょう?
そうですわよ、ねえ。存じていたのですわよねえ?」
キラキラと期待に溢れた目を向けられたダニエルは、いったいどこから見ていたんだと忌々しく思うあまり、口元をうねらせる。返事をするのも億劫で、唸るように喉を鳴らし答えを濁す。
「愛し合うって素敵ですわね。互いに互いを思いやり。
あんなに人がいるなかであっても、お互いしか見ていないなんて! ああ、なんて素敵なんでしょう。
ホールから各家門のご令嬢がどんな目で見ていたのか、見てまして? ねえ、見てまして?」
「あぁ……まあ。いや……」
頬を引きつらせるダニエルは、のけぞるように身を引いた。
「まあ、周りが見えない程に。お二人だけの世界に。
人目に囲まれていても、お互いしか見えなくなっていたなんて。
これぞ愛ですわね。愛というものですわよね」
合わせた両手を顎先に添えたソフィーが期待を込めてダニエルをじっと見つめる。
捻った首に手を添えたダニエルが、眉間に深い縦皺を刻む。
曖昧な態度のダニエルを見上げ、ソフィーは小首を傾ぐ。
「殿下はエリンさんのこと、お好きではないのですか?
あんなに優し気に接しておられていたというのに……」
「いや……。好きや嫌いと言う前に、だな……」
いつの間に話がすり替わったんだと苦々しく思いながらダニエルは言いよどむ。
「まあ。まあ。まあ。あんなに仲睦まじい姿を見せておいて、何をおっしゃるの。謙遜にしては真実味がありませんわよ」
「いや、だから……。エリンは、仕事をしたいという希望があるだけで。エリンはうちでも仕事ばかりで。俺のことは婚約者だとは微塵も思って……」
いないはずだと言い切ろうとして、ド真面目になにを答えているんだと虚しくなるあまりダニエルの言が萎む。
「あら、なんで。エリンさん、とても柔らかい表情をされていたのですよ。一緒に踊られていたから、殿下には見えていなかったのかしら」
聞き捨てならないとダニエルの耳が立つ。
「お優しく寄り添う殿下に包まれて、本当に安堵しておられたのに……。
寄り添う姿からは、互いに互いを思いやる慈しみを感じたのですけど……。
間違い? いいえ、間違いなどとは到底思えないのですが。
心躍る恋は、喜怒哀楽のうねりをもたらし、世界を華やかに見せてくれます。心の機微を味わい尽くし、振れる心は私に多様な感情を味合わせてくれるもの。気持ちが通じずともよく。彼が好きである私を、私は存分に楽しんでおります。恋とはどこか独りよがりなものですもの。
方や、殿下がエリンさんに寄せる想いは、慈しみや思いやりに溢れるもの。ならば、それはまさしく、愛の賜物と言えるのではなくて。
相手を常に心の片隅に置いて想い合う。それは恋というには愛でしょう」




