四章:二十七話:1
廊下を進むダニエルは、徐々に補足をあげ、階段を駆け上がった。
数階分上った先で、ある一室の扉を開いた。
絢爛な調度品で飾り立てた談話室に足を踏み入れる。
ひときわ大きな絵画が目についた。
そこには柔らかな髪をアップにまとめあげる若かりし太合が、ティアラを飾った凛々しい姿で描かれていた。
(なぜわざわざここに飾る?)
絵画を横目にダニエルは中央のソファへと向かう。
数歩進んだところで、人の気配を察知し、足を止めた。
三人掛けのソファに埋もれるように座っていた少女が立ち上がった。
ハーフアップにまとめた柔らかな金髪に丸く大きな青い瞳をキラキラと輝かせる、お人形のような少女が奇麗なカーテシーを披露する。
「お初にお目にかかります、ダニエル・スレイアル殿下。私はボネヴィル公爵家長女、ソフィー・ボネヴィルと申します。お会いできて、光栄ですわ」
怪訝な表情を浮かべるダニエルに、ソフィーは天真爛漫に微笑み返す。
「なぜここにボネヴィル公爵家の者がいると疑念を抱かれまして? 殿下」
「俺は部屋を間違えただろうか」
「いいえ、ここで合っておりますわ。じきにお召し物を変えられた陛下もいらっしゃいます」
「それまで、ここで待てと?」
「母君を手にかけた家門の者と同席するのはお嫌ですか」
「……。直接的には、君は関係ないだろう」
「はい、殿下のおっしゃいます通り。私からしましたら産まれる前のことですもの。ですが私、本日は公爵家当主である父の名代として遣わされておりますの」
「それは太合に毒を渡し、俺や母への襲撃を実行した謝罪のためか」
腕を組んだダニエルがソフィーを見下ろす。
冷徹な瞳に見据えられても、臆することなくソフィーは微笑を浮かべた。
「そこまでは申し付かっておらず、申し訳ございません、殿下。あれは太合であった伯母様の成したことであって、私ども公爵家はなにも知らなかったのです」
「白々しいことだな」
「立場上そう言うしかなく。斟酌していただけますと幸いですわ」
「それだけを伝えにここにいるのか」
「いいえ。私がここにいるのは個人的な希望でして。言うなれば、ただ殿下とお話がしたかっただけなのです」
ふふっと無邪気に笑んだソフィーが若かりし太合へと視線を向ける。ダニエルもまた、目の端に絵画をとらえた。
「伯母様と私、似ているかしら」
ふわふわと愛くるしいソフィーと、芯の強さを感じさせる華やかな若かりし頃の太合とでは、面立ちは近くとも印象は真逆に近い。
雰囲気がここまで違えば、似ていないと言ってもいいだろうとダニエルは思った。
「伯母様はね、私を王妃にしたかったの。かつての人生を清算するかのように、私をご自身になぞらえて、陛下とのご縁を考えられていたのよ」
語り始めたソフィーにダニエルは目を向ける。
変わらずソフィーは微笑んでいた。
「でも、私、それがとても嫌でしたの。私は伯母様ではございません。伯母様もまた、おばあ様ではなかったように……。
殿下もご存じの通り、華々しく王家に嫁いだ伯母様でしたが、御子に恵まれなかったでしょう。月日が経つごとに、それはそれは、おばあ様になじられるようになっていったのです。
おばあ様と私がお呼びしておりますのは、伯母様の母になります。私にとっては父方の祖母になりますわ。
二年経ち、三年経ち、五年経っても、懐妊の兆しを見せない伯母様は、おばあ様にとって最高の娘から最悪の娘になりました。お若くして嫁がれたため三十路を迎える前までは圧力をかけることができましても、限界があります。とうとう先延ばしする理由を失い、第二妃様をお迎えすることを容認せざるを得なくなったのです。
懐妊を絶望視されていた、この頃の伯母様が、どれほど肩身の狭い思いをされていたか。
私ごときでは、到底、想像すらできないほどでしょう。
非の打ちどころがなかった伯母様は、御子に恵まれないというただ一つの汚点のみで無価値な存在へと転落したのです。
殿下がお生まれになり、さらに伯母様の立場は悪くなります」
「……」
「まことしやかに王妃と第二妃を入れ替えるという噂も、当時は流れていたそうですわ。どれほどの信ぴょう性がある噂だったのかは、私も生まれていないので知りようもないのですが、そのような噂が流れることをとても恥じたおばあ様により、伯母様の公爵家での立場はより一層悪くなっていったのです。
それでも、お子に恵まれない頃はまだよかったのですわ。
殿下がお生まれになって数年後、陛下がお生まれになると、今度は、なぜ今になって王子を産むのかと、おばあ様により悪しざまになじられるようになったと聞き及んでいます。公爵家内で伯母様は、無価値な存在から忌み嫌われる存在へと立場をさらに悪くしていったのです」
「なぜ、わざわざ俺に今更そんな話をする? 太合にも可哀そうな理由があるから許してくれといいたいがためか」
笑み絶やさずソフィーが頭を左右に振った。
「伯母様は昔なしえなかった夢を私に託し、おばあ様も家門から第一王子を産む王妃の夢を私に託そうとしています。もし、彼女たちの望む結果を実現できなかったとしたら、私はどうなると思います?」
ソフィーは笑みを深める。
「今度は私がなじられる番になるのです。
伯母様を忌むおばあ様も、その昔、男児になかなか恵まれず、ひいおばあ様より快く思われていなかった時期が長かったと聞きます。
伯母様にしろ、おばあ様にしろ、過去に嫌な思いも辛い思いもしているはずなのに。
立場が逆転するや否や、なぜ同じ道を後進に望むのでしょう。
私、我慢できませんの。誰かの代わりの人生を生きることも。望む結果をもたらさねば否定される人生を選ぶことも」
「……」
「世が世なら……。なんて話をするのも今更ですが。
前王がご存命で、殿下が王太子になられていらっしゃったら、その婚約者には私が選ばれていたことでしょう。
私がもう少し早く生まれていれば、伯母様の心労も少しは慰められていたことでしょう」
一呼吸置き、ソフィーは軽やかな声音で告げた。
「私、陛下に嫁ぐのも嫌でしたけど、殿下に嫁ぐことも心底嫌でしたの」




