↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/118

四章:二十六話:1

 見る影もない太合がホール中央に連れだされる。


 ざわめきが途絶えた。

 息をするのも苦しくなるような緊張感に包まれ、場に集う貴族全員の動きが止まる。


 陛下が階下に向け、錫杖をふるう。

 傍観する貴族たちは太合を見つめる者と陛下を見つめる者に二分された。


「その昔、王妃であったあなたは子に恵まれなかった」


 固唾(かたず)をのむホールに陛下の声が響き渡る。


「世継ぎが産まれないことを憂いた近臣からの進言により、父たる前王は、第二妃を迎えた。彼女はすぐに身ごもり、第一王子を産む。数年後、とうとうあなたも身ごもった。産まれた私は、母が王妃であっても第二王子。当然のごとく、王位継承権は第二位。このままでは、第二王子である私が王になる可能性は皆無(かいむ)であった」


 ホールの中心で太后はうつ向いたまま、膝をつく。


「故、あなたは奸計(かんけい)をめぐらせた。

 毒を用い、第二妃と第一王子の暗殺を謀(はか)ろうと。日に日に体調を悪化させていく第二妃に気づいた前王たる父は、第一王子とともに身を隠すよう手配した。

 表向き病気療養を理由として隠遁(いんとん)した二人の所在は非公開であったが、その潜伏先を、あなたは易々と見つけ出し、刺客を差し向けた。

 結果、第二妃は凶刃に倒れ、第一王子は行方不明となる」


 錫杖を持ち直し、陛下が一呼吸置く。


「第二妃暗殺。第一王子暗殺未遂。これが一つ目の罪状です」


 うつ向く太合は微動だにしない。


「いない者を立太子することはできない。目障りな第一王子が行方不明となれば、王位継承権は私に移る。

 そう考えていたあなただったが、予想外に前王は第二王子である私を頑(かたく)なに立太子することを拒否した。第二妃と第一王子に執着する前王の意志は硬く、もどかしい時間が流れるなか、業を煮やしたあなたは第二の犯行に及ぶ」


 薄汚れた老婆と化した太合の肩が小刻みに震えだす。


「二つ目の罪状は、夫殺し。父たる前王の暗殺だ。

 表向きは心臓発作による崩御(ほうぎょ)とされているが、その原因は毒である。かくしてあなたの望みは叶い、残された私が即位することになった。

 子どもの私に国を治める力はない。あなたは実家の公爵家とともに、私の後ろ盾となった。

 私はあなたにとって、ひいては公爵家にとっても、都合の良いお飾りの王となったのだ」


 沈黙する貴族たちに視線を向け、陛下が呼びかける。


「皆の者も、その後の治世の在り様はよくわかっているだろう。息を潜め、歯向かわず。時に服従し、やり過ごす。なにもできなかったと言い訳したいところだろうが、なにもしなかったのも同義。

 すなわち、恐ろしかっただけのこと。貴君らは、保身を優先したにすぎない」


 身に覚えがあると物語るように貴族一同、沈黙する。

 陛下の矛先は、再び太合へと向く。


「王暗殺。第二妃暗殺。第一王子暗殺未遂。家族殺しは忌み嫌われる罪状の一つですよね。母上? 異論はございますか。

 ……、失礼。あなたの自由な発言は禁じていましたね。

 でも、あなたがなにを語ろうとしているのかはわかりますよ。

 さすが我が子と褒めてください。

 当然のごとく、あなたは私にこう言いたいはずだ。

 証拠は、どこにある? と」


 錫杖を脇に挟んだ陛下が、人差し指を立てた手を顔の横にかざした。


「第二妃が体調を崩すに至った原因は毒物。城中を絶対的に掌握し、協力者がいたあなたにとって、毒の入手は簡単だった。第二妃、第一王子の潜伏先の特定にしても然り。当時のあなたに不可能はなかった」


 人差し指をたたみ、かざした手で拳を作る。


「第二妃ならびに第一王子への強襲を成功させたあなたは、事件の証拠隠滅を計る。

 第二妃と第一王子の移住先が非公開であったことを逆手に取り、小金持ちの屋敷に賊が押し入ったという噂を現場周辺に流した。根も葉もない噂をでっち上げたのだ。

 無差別に襲われるかもしれない恐怖が広がっていき、近郊の家々に空き家が目立つようになる。人の気配が薄れれば、事件の記憶も消えていく。風化した事件に目を向ける者はいなくなり、第二妃暗殺の現場は闇に葬られた。

 抜け目のないあなたは、それでも安心できなかったのでしょう。

 現場で押収した証拠品を、保管の義務期間内にあるにも関わらず、順繰りと紛失させていくように仕向けた。発覚時は、少々問題になりましたが、現場の判断ミス、管理の不行き届き、体制の問題として末端の処分により幕引きをされましたね。

 八割の証拠品が失われたとはいえ、残った二割の証拠品、事件前後の人事、第二妃と生活を共にした使用人の遺族から得た証言、検分した遺体の損壊状況、状況証拠を洗い出していけば、自ずとピースははまっていきます」


 階下に冷ややかな目を向け、陛下はとうとうと語り続ける。


「そして、第二の犯行である前王暗殺。

 城内に毒を持ち込むルートをすでに確保していたあなたには、いともたやすい犯行だったことでしょう。

 さらに慎重を期し、原因を特定されないさじ加減を調整し……。

 亡くなった当時、判明しなかったのも頷けます。

 加えて、父の死を判定した医師もまた、あなたの息がかかった者だった。

 用意周到もいいところだ!

 しかしながら、前王が亡くなるまでの詳細な記録を洗い出せば、その死が単なる発作的な死ではないことは容易に推測できました」


 冷徹にホールを見下す陛下が嗤う。


「私も、いつまでも子どもでないのです、母上。さらに私は父の子であり、王の子でもある。父の傍で、その御言葉を聞いて育った。あなたはやりすぎた。父の理想とも外れた在り様を、見過ごすことはできない」


 錫杖を持ち直し、小首を捻った陛下が、陰惨な目を太合へ向ける。


「因果なものだな、太后陛下。

 かつて己が暗殺しようとした子どもが現れると同時に、その身を亡ぼすことになろうとは」


 歓喜さえ匂い立つ声音に太合が顔をあげた。その表情には、右に真顔と左に渋面といった異なる感情が刻まれていた。光を失った眼は、まるでぽっかりと穴が開いたように黒々しい。


 地下聖堂の一件も重ねあわせ、エリンはどうしてここまでするのかと空恐ろしくなった。

 怯える心を抑えきれず、ダニエルの腕を強くつかんだ。


(ここまで徹底的に太合様を……。なぜ、そこまで。こんなにも執拗に追いつめるの)


 陛下の執念なのか、前王からの怨嗟なのか。エリンには判別できない。城内でもっとも高貴であった女性が裁かれる様子を眺めているしかない状況に息ができなくなるかと思うほど、苦しくなる。


(それほど陛下は、母親を恨んでいるの……。陛下の恨み? 前王が陛下に託した呪い?)


 傀儡(かいらい)としたからか、前王を殺したからか。それとも道理に反したからか。どの角度から考えても、陛下の御心がエリンには理解できない。腑に落ちなかった。


(なら、ダニエル様がここにいるわけは……)


 母たる第二妃の呪いか、はたまた恨みつらみかと想像しかけたものの、エリンは違うと打ち消す。地下聖堂で王妃を前にしても、ダニエルはエリンの元に来た。誰にも悟られず、罪を被らず、王妃を亡き者とするならば、地下聖堂ほど適した場はない。陛下もまた、そのような意図をもって動いていた。


 最大のチャンスをダニエルは捨てているのだ。

 だからなおさら、分からない。

 母を殺されたダニエルならいざ知らず、どうしてここまで、陛下が母を追い詰めようとしているのか。


(前王の遺志? それだけ? 本当に? それだけでここまでできるものなのかしら)


 あえて公開の場で徹底して実母を陥れようとする意図はなんなのか。


 単純に考えれば、傀儡としてきた太合への恨みつらみ。もう少し深く考えれば、貴族たちへの牽制。邪推を働かせれば、今まで太合や公爵家に一切の権力を握られていた陛下による反乱の狼煙(のろし)。

 エリンは陛下を盗み見る。その横顔は冷淡そのものであり、本心から母を憎んでいるようにしか見えなかった。

 隣に立つダニエルを見上げた。


(なんで、ダニエル様は陛下を助けているの。地下聖堂で太合様に剣を向けなかったというのに……)


 真顔で佇むダニエルがなにを考えているのか。それすらもエリンには読み切れなかった。

 脇に挟んだ錫杖を手にした陛下が、大ぶりな宝石の輝く先端を太后に突きつけた。


「公爵家に肩入れし、私を王にしたかったあなたの独りよがりによる犯行は、これにて白日(はくじつ)の下(もと)に晒(さら)された。第二妃暗殺。前王暗殺。第一王子の暗殺未遂。以上の罪状をもって罪人に王領地最南端への追放を言い渡す」


 宣言とともに、騎士達が動き出した。

 栄華を誇った太合は、抵抗することなくホールから引きずり出される。

 貴族たちは身をやつした老女から目を逸らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。