無題(お題:並木道/著者:ゆりいか)
東欧の小国アルバニアはヨーロッパ最貧国と呼ばれている。社会主義国のころから貧乏で、共和国に移行した際にねずみ講で政府含めて、3分の1の住民が破産した黒歴史を持っていた。
監視社会だったため、外出の自由さえ制限されていた。けれど、決まった夜の時間だけ、並木道の間を歩くことを許され、その中で情報を交換したり、恋人を探して結婚をするカップルが非常に多かったようだ。
現在、自由化が進むアルバニアにおいてもこの文化は残っていて、夜のアベニュー(並木道)を歩くのが国民性の現れのようだ。とても、ささやかで小さなステキだと僕は思う。
「春に見る桜もいいけれど、秋の紅葉の桜も好き。クレハもそう思うだろう?」
ヨーロッパとは違い、日本の並木道は桜であることが多い。なら、並木道は春の季語かと思えばそうではなく、桜は紅葉でも美しく映えるのだから。だからこそ、風靡があるというか、日本人が桜に夢中になる理由があると僕は思う。
隣りにいる僕にしか見えないあの子に感想を求めた。もちろん、答えは帰ってくることはない。
周りの人間は、そんな奇妙なことをしている僕達に注意を向けることはないだろう。だから、目一杯、二人きりで話し合うことができる。
「こうやって、僕がいつもこの時間に並木道を歩く理由はね、クレハに会うためなんだ。死んで、幽霊になったクレハに」
並木道によくある話で、幽霊の通り道になっているというもの。あの世に行くこともなく、その通り道をずっとあるいて、この世に留まる地縛霊が多いとも言われている。
もしも、僕のことをあの子が思い続けてくれたのなら、多分僕が幽霊になるまでここで待っていてくれているはずだ。そう、そう信じたいから、僕はあの子が死んでからずっとこの道を歩いている。
「もう、6年が経つね。クレハにランドセルを買ってあげたけど、それを背負うことなく死んでしまった……この並木道の桜がピンク色であることも知らずに」
自分の娘が死んでから、僕はずっとその現実を受け止められなかった。だから、こうやって、幽霊のあの子に声をかけ続けている。他のお友達はクレハのことを忘れてしまっているから、僕だけは忘れまいと。
「夜の9時、この時間にいつも歩く、なんだか悲しくなるよ……」
パラパラと落ちる紅葉を革靴で踏みしめる。そのなんとも言えない柔らかさが、生きている生々しさを感じさせてくれた。
僕はまだ生きていて、あの子はすでに死んでいる。何度この道を歩いても慣れないのは、あの子が死んだ現実に慣れない証左なのかもしれない。




