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第八話「初めての再会」

第八話「初めての再会」


 クロードがヴァルロワ公爵邸を訪ねてきたのは、アメリアが実家に戻って五日目のことだった。



 事前に使者が来ていた。王太子殿下が近日中にお越しになりたいとのことで、父は一も二もなく承諾した。エドワードは「早い」と呟いたが、止めはしなかった。



 アメリアは自室で知らせを聞いて、しばらく窓の外を見ていた。



 会う準備ができているか、と問われれば——まだわからなかった。ただ、逃げたいとは思わなかった。それだけは、はっきりしていた。



 当日、アメリアは薄いブルーグレーのドレスを選んだ。侯爵夫人として着ていた華やかなものではなく、公爵令嬢として育った頃に好んでいた、落ち着いた色のものを。髪も、きっちり結い上げるのではなく、緩やかにまとめた。



 鏡の前に立って、アメリアは小さく息を吐いた。



 これが、今の自分だった。完璧な侯爵夫人でも、誰かの妻でもない、ただのアメリア=ヴァルロワ。



 それでいい、と思った。



 クロードは約束の時間より少し早く来た。父が応接室で迎え、しばらくして侍女がアメリアを呼びに来た。



 応接室の扉を開けると、クロードが立っていた。



 五年ぶりだった。



 記憶の中より、少し大人になっていた。肩幅が広くなり、立ち姿に王太子としての威厳が増していた。でも、アメリアを見た瞬間の顔は——昔のままだった。少し不器用で、何かを言いかけて止まるような、あの顔。



「アメリア」



 クロードが、名前を呼んだ。



 たったそれだけで、胸の奥が揺れた。五年間、誰にも呼ばれなかった名前だった。



「クロード……殿下」



 アメリアは一瞬だけ言い淀んで、それから言い直した。昔のように呼びたかったが、今の立場がそれを躊躇わせた。



 クロードは少し眉を動かした。



「クロードでいい。昔と同じで」



「……クロード」



 呼んだ瞬間、不思議と肩の力が抜けた。



 父が「では私はこれで」と気を利かせて出ていった。エドワードはそもそも最初から姿を見せなかった。気を遣ってくれているのだとわかった。



 ふたりきりになった応接室で、アメリアはソファに腰を下ろした。クロードも向かいに座った。しばらく、どちらも口を開かなかった。



 昔は、こんなふうに黙ることはなかった。会えばすぐに話し始めて、気づけば時間が経っていた。それが今は、言葉の糸口が見つからなかった。



 先に口を開いたのは、クロードだった。



「元気か」



 シンプルな問いだった。アメリアは少し考えて、正直に答えた。



「……少しずつ、元気になっています」



「そうか」



 クロードは短く答えて、また黙った。何か言いたそうな顔をしていたが、言葉を選んでいるようだった。



「花束、届きましたか」



「届きました。白薔薇、好きでしたよね。覚えていてくださったんですね」



「覚えている。昔、王宮の庭で白薔薇が好きだと言っていたから」



 アメリアは少し驚いた。自分でも忘れていたことを、クロードは覚えていた。



「……ありがとうございました」



「礼はいい」



 クロードはそう言って、少し前のめりになった。金色の瞳が、真っ直ぐにアメリアを見ていた。



「一つだけ、聞いていいか」



「はい」



「辛かったか。五年間」



 アメリアは、すぐには答えられなかった。



 辛かったか。その問いに、正直に答えたことが今まで一度もなかった。父にも、兄にも、マリアンヌにも——誰かに心配をかけたくなくて、いつも「大丈夫です」と言い続けてきた。



 でもクロードの目を見ていたら、誤魔化せなかった。



「……辛かったです」



 声が、思ったより小さく出た。



「そうか」



 クロードはそれだけ言った。慰めも、謝罪も、何も言わなかった。ただ、そうか、とだけ。



 なのになぜか、それが一番楽だった。



 大丈夫と言わなくていい。頑張ったねと言われなくていい。ただ、辛かったという事実を、静かに受け取ってもらえた。それだけで、胸の奥の何かがほどけていく気がした。



「クロード」



「何だ」



「手紙に、待っていたと書いてありましたが……」



 アメリアは少し躊躇って、でも続けた。



「五年間、何を待っていたんですか」



 クロードは少し目を細めた。それから、静かに答えた。



「お前が、自分のために歩き出す日を」



 アメリアは息を呑んだ。



 自分のために。父と同じ言葉だった。でもクロードの口から聞くと、違う重さで胸に落ちた。



「……私は、ずっと誰かのために生きていました」



「知っている」



「家のために嫁いで、夫のために笑って、侯爵家のために完璧でいて。自分のために何かをするということが、どういうことなのか、まだよくわからないんです」



 クロードはしばらく黙って、それからゆっくりと口を開いた。



「焦らなくていい」



「……」



「五年かかったんだ。取り戻すのも、時間がかかって当然だ」



 アメリアは窓の外に目を向けた。庭の木が、春の風にゆっくりと揺れていた。



 焦らなくていい。



 その言葉が、じんわりと胸に沁みた。急かさない。急かさなくていいと言ってくれる人が、こんなに近くにいた。



「クロード」



「何だ」



「また、来てもらえますか」



 クロードは一瞬だけ目を瞬かせた。それから、少し口元を緩めた。五年ぶりに見る、あの笑顔だった。



「何度でも来る」



 アメリアは小さく笑った。



 本物の笑みが、また自然に出た。



第八話 了


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