第二十八話「最後の微笑み」
第二十八話「最後の微笑み」
王太子妃の婚約発表から数日後、アメリアはマリアンヌと茶会で会った。
いつものドレイク伯爵邸ではなく、王都の中心にある小さなサロンだった。マリアンヌが「特別な日だから特別な場所で」と言って予約していた。
サロンに入ると、マリアンヌがすでに席についていた。アメリアを見た瞬間、立ち上がって両手を広げた。
「おめでとう、アメリア!本当におめでとう!」
「ありがとう、マリアンヌ」
マリアンヌはアメリアをぎゅっと抱きしめた。今度はアメリアも、すぐに抱き返した。
「嬉しいわ。本当に嬉しい。あなたが幸せになってくれて」
「マリアンヌ」
「泣いてないわよ」
「泣いていますよ」
「泣いてない。目にゴミが——」
「二回目ですよ、その言い訳」
マリアンヌは少し笑って、それからハンカチで目元を押さえた。
「いいじゃない、泣いたって。あなたの友達なんだから」
アメリアも、少し目が熱くなった。
「ありがとう。あなたがいてくれてよかった」
「当然よ。私がいなかったら、あなたどうなっていたか」
「そうですね。情報収集もしてもらって、社交界への復帰も助けてもらって」
「そう、全部私のおかげよ」
「少し盛りすぎでは」
「細かいことは気にしない」
ふたりは笑いながら席についた。
お茶を飲みながら、マリアンヌが少し真顔になった。
「ねえ、アメリア。一つ聞いていい?」
「何ですか」
「ベルナール様のこと——今、どう思っている?」
アメリアはカップをソーサーに置いた。少し考えてから、答えた。
「……遠い人になりました」
「遠い人」
「憎くもなく、恨んでもいない。ただ——遠い場所にいる人、という感じです」
「謝罪は受け取ったの?」
アメリアはしばらく黙った。
「……受け取ることにしました。昨日、決めました」
「そう」
「引きずっていても、仕方ないから。それより——前を向いていたい」
マリアンヌは少し目を細めた。
「強くなったわね」
「みんなにそう言われます」
「本当のことだもの」
お茶を飲み終えて、サロンを出る前にマリアンヌが言った。
「王太子妃になっても、変わらないでいてね」
「変わりませんよ」
「約束よ」
「約束します」
マリアンヌは満足そうに頷いた。
その翌日のことだった。
アメリアは王宮での茶会に出席した。王妃主催の、次期王太子妃としての初めての公式な場だった。クロードの母君であり、アメリアが子供の頃に何度か挨拶をしたことのある、穏やかな方だった。
緊張しないといえば嘘だった。でも、怖くはなかった。
会場に入ると、多くの夫人たちが集まっていた。その中に——イザベルがいた。
王妃主催の茶会に、イザベルが招待されているとは思っていなかった。おそらく、侯爵夫人という肩書きで招待状が届いたのだろう。
イザベルはアメリアを見て、一瞬だけ固まった。それから、静かに頭を下げた。
アメリアは少し驚いた。
挑発でも、笑顔でもなかった。ただ、静かに頭を下げた。
アメリアも、静かに頷いた。
茶会の間、ふたりが話すことはなかった。でも、最後に退場するとき、イザベルがアメリアの隣を通りかかった。
すれ違い際、イザベルが小さな声で言った。
「……アメリア様、おめでとうございます」
アメリアは少し立ち止まった。
イザベルの顔を見た。挑発も、羨望も、そこにはなかった。ただ、疲れた、でも正直な顔があった。
「ありがとうございます」
アメリアは微笑んで、それだけ答えた。
イザベルは小さく頷いて、去っていった。
アメリアはその背中を少しだけ見送った。
あの人も、色々と学んでいるのかもしれない、と思った。遅かったかもしれないが、それでも。
人はいつからでも、変われるのかもしれない。
アメリアは前を向いて、歩き出した。
第二十八話 了




