第二十七話「王太子妃発表」
第二十七話「王太子妃発表」
一月になった。
新年を迎えた王都は、静かな祝賀の空気に包まれていた。王宮では新年の儀式が続き、貴族たちが次々と挨拶に訪れる季節だった。
そしてその月の中旬、宮廷から正式な発表があった。
王太子クロード=エルヴィンの婚約者として、ヴァルロワ公爵令嬢アメリア=ヴァルロワを迎えることが決定した、と。
発表は静かに、しかし確実に社交界に広まった。
誰もが驚かなかった。全員がわかっていたから。でも正式な発表として聞くと、やはり重みが違った。
アメリアはヴァルロワ公爵邸の自室で、その知らせを聞いた。
父が書斎から来て、静かに告げた。
「正式に発表された。おめでとう、アメリア」
「ありがとうございます、お父様」
父は少し目を細めた。それから、珍しく声が揺れた。
「お前が幸せそうで——本当によかった」
アメリアは胸が熱くなった。
「お父様」
「何だ」
「今度は、自分のために選びました」
父はしばらく黙って、それから深く頷いた。
「知っている」
その日の午後、クロードが来た。
応接室に入ってきたクロードは、いつもより少し改まった顔をしていた。アメリアが立ち上がると、クロードは真っ直ぐに近づいてきた。
「正式に発表された」
「はい、聞きました」
「改めて——俺の隣に立ってくれるか」
アメリアは少し笑った。
「もうお答えしましたよ」
「正式な場で、もう一度聞きたかった」
アメリアはクロードを見た。金色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。いつもの不器用な目で、でも今日は少し緊張しているように見えた。
王太子でも、幼馴染でもなく——ただ、アメリアに向き合っている人の目だった。
「喜んで」
クロードは少し目を瞬かせた。それから、ゆっくりと笑った。
アメリアも笑った。
そのとき、応接室の扉が勢いよく開いた。
エドワードだった。
「アメリア、発表——あ」
エドワードはクロードを見て、固まった。
「……失礼した。殿下がいらっしゃるとは知らず」
「構わない。エドワード殿」
クロードは少し口元を緩めた。
「アメリアのことを、よろしく頼む」
エドワードは少し間を置いた。それから、深く頭を下げた。
「……妹を、幸せにしてください」
「ああ」
クロードは短く、でもはっきりと答えた。
アメリアはその様子を見ながら、胸の中が温かくなるのを感じた。
その翌日、宮廷での正式な披露の場があった。
アメリアは深い青のドレスを選んだ。クロードが好きだと昔言っていた色。そして今では、アメリアも好きになった色。
王宮の広間に、多くの貴族たちが集まっていた。
アメリアがクロードの隣に立って会場に入ったとき、そこにベルナールがいた。
宮廷の席次上、来ざるを得なかったのだろう。ベルナールは端の方に立っていた。隣にイザベルはいなかった。一人だった。
アメリアはベルナールと目が合った。
ベルナールは、静かにアメリアを見ていた。
アメリアは少し間を置いて——微笑んだ。
侯爵夫人の仮面の微笑みではなかった。怒りでも、勝利でもなかった。ただ、本物の、穏やかな微笑みだった。
ベルナールは少し目を伏せた。それから、深く頭を下げた。
アメリアはその頭の下がった姿を見て、静かに前を向いた。
クロードがアメリアの手に、そっと自分の手を重ねた。
「大丈夫か」
「ええ」
アメリアはまっすぐ前を向いたまま、答えた。
大丈夫だった。
本当に、大丈夫だった。
あの五年間は、終わった。
今日から始まるのは——アメリア自身の、本当の物語だった。
第二十七話 了




