第二十六話「夜会の逆転」
第二十六話「夜会の逆転」
十二月になった。
社交シーズンの締めくくりとなる、エルヴィン侯爵家の冬の夜会。
一年前の春、アメリアがイザベルを初めて目にした、あの夜会と同じ主催者だった。あのときアメリアは、夫の後ろで微笑んでいた。今夜は——クロードの隣に立っていた。
会場に入った瞬間、視線が集まった。
王太子と並んで現れたアメリアを、会場中が見ていた。誰もが知っていた。次の王太子妃が誰になるか。正式な発表はまだだったが、社交界では既定の事実として受け止められていた。
アメリアは会場を見渡した。
一年前と同じシャンデリアの光。同じ大広間。でも、何もかもが違った。
あのとき自分は、何を思っていたのだろう。
夫の隣ではなく後ろで、感情を飲み込んで、完璧な侯爵夫人の仮面をつけて立っていた。今夜その仮面は、どこにもなかった。
「懐かしいか」
クロードが小声で言った。
「ええ。一年前を思い出します」
「一年で随分変わった」
「変わったんじゃなくて、戻ってきたんでしょう」
クロードは少し目を細めた。
「俺が言ったことを、覚えていたか」
「覚えています」
クロードは小さく笑った。アメリアも笑った。
会場を進んでいくと、ベルトラン侯爵夫人が近づいてきた。
「アメリア様、今夜もお美しいですわ。殿下、ようこそいらっしゃいました」
「夫人、お久しぶりです」
「今夜は特別な夜になりそうですわね。社交界中が楽しみにしておりますわよ」
ベルトラン夫人は意味深に微笑んで、去っていった。
マリアンヌがするりと近づいてきた。
「ねえ、見た?あちらの隅」
アメリアは視線を向けた。
人波の向こうに、ベルナールがいた。今夜は誰かの同伴として来たのだろう。隣にイザベルはいなかった。
ベルナールはアメリアとクロードを見ていた。その顔に、怒りはなかった。ただ、静かな表情で、ふたりを見ていた。
「どうする?」
マリアンヌが小声で聞いた。
「何もしません」
「そう?」
「もう、終わった話ですから」
アメリアはベルナールから視線を外して、前を向いた。
マリアンヌが少し驚いた顔をして、それからにっこり笑った。
「本当に変わったわね、あなた」
「戻ってきたんですよ」
「あら、そうだったわね」
夜会の中盤、フォンテーヌ伯爵夫人がアメリアに近づいてきた。
「アメリア様、少しよろしいですか」
「はい」
「来年の春の茶会なのですが——ぜひ、アメリア様に幹事をお願いできないかと思いまして」
アメリアは少し驚いた。
「幹事、ですか」
「ええ。アメリア様なら、きっと素晴らしい会にしてくださると思って。王太子妃になられる前に、ぜひ一度」
「……喜んで」
フォンテーヌ夫人は嬉しそうに微笑んで、戻っていった。
クロードが戻ってきた。
「何の話だった」
「来春の茶会の幹事を頼まれました」
「そうか。引き受けたか」
「ええ。やってみたいと思って」
クロードは少し目を細めた。
「やりたいと思えるようになったか」
「はい。誰かのためではなく——自分がやりたいから、やろうと思えました」
クロードはそれを聞いて、静かに頷いた。
夜会の後半、音楽が変わった。
クロードが手を差し伸べた。
「踊るか」
「ええ」
アメリアはその手を取った。
フロアに出た瞬間、会場が沸いた。一年前の春の夜会と同じだった。でも、あのときとは全く違った。
あの夜、アメリアは夫の後ろで微笑んでいた。
今夜は、自分の意志で、クロードの手を取って、フロアに立っていた。
踊りながら、アメリアは会場を見渡した。
煌びやかな光の中で、たくさんの人が踊っていた。笑っていた。話していた。
一年前、この場所でアメリアは終わりを決めた。
今夜、この場所で——始まりを感じていた。
「クロード」
「何だ」
「ありがとうございます」
「何が」
「待っていてくれたこと。来てくれたこと。名前を呼んでくれたこと」
クロードはしばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「こちらこそ」
「え」
「戻ってきてくれて、ありがとう」
アメリアは少し目が熱くなった。
泣かない、と思ったが——今夜は少しだけ、許してもいいかもしれないと思った。
シャンデリアの光が、ふたりを明るく照らしていた。
一年前と同じ光が、今夜は全く違う色に見えた。
第二十六話 了




