第二十五話「兄の一撃」
第二十五話「兄の一撃」
グレシャン商会との取引が完全に打ち切られたという知らせは、翌週にはヴァルロワ公爵邸にも届いていた。
知らせを持ってきたのは、マリアンヌだった。
「グレシャン商会、完全に切ったわよ。これでモンテ侯爵家、かなり厳しくなるわね」
「そうですか」
アメリアは静かに答えた。
「あなた、本当に淡々としてるわね」
「関係のないことですから」
「まあ、そうよね」
マリアンヌは扇を開いて、口元を隠した。
「それより——エドワード様が動くらしいわよ」
「お兄様が?」
「ええ。ヴァルロワ公爵家として、モンテ侯爵家と正式に関係を清算するって。父上も承認されたとか」
アメリアは少し驚いた。
「それは——いつ」
「もう動いてるみたい。早いわよね、エドワード様って」
その翌日、エドワードがアメリアの部屋を訪ねてきた。
扉をノックして、入ってきた兄の顔は、いつもより引き締まっていた。
「アメリア、少しいいか」
「はい、お兄様」
エドワードは椅子に腰を下ろして、少し間を置いた。
「モンテ侯爵家との件、正式に動くことにした」
「マリアンヌから聞きました」
「そうか。——反対するか」
アメリアは少し考えた。
「反対はしません。ただ——お兄様が怒りに任せて動いているのではないかと、それだけが心配です」
エドワードは少し眉を動かした。
「怒りに任せてはいない。冷静に判断した結果だ」
「本当に?」
「……八割は冷静だ」
アメリアは思わず小さく笑った。
「残りの二割は」
「怒りだ。それは認める」
エドワードは真顔のまま言った。アメリアはもう一度笑った。
「お兄様らしいですね」
「お前のことを五年間、あんな目に遭わせた家だ。二割くらいは許してくれ」
「……許します」
エドワードは小さく頷いた。それから、真剣な顔に戻った。
「内容を話す。ヴァルロワ公爵家として、モンテ侯爵家との一切の関係を正式に清算する。残っていた共同事業の契約を解消して、これまで維持していた人脈の紹介も、今後は行わない」
「……それは、かなりの打撃になりますね」
「わかっている。でも——これ以上ヴァルロワの名前を使って、あの家が社交界に残り続けることを、俺は認めたくない」
アメリアは少し間を置いた。
「ベルナール様個人については、どう思っていますか」
エドワードはしばらく黙った。
「……恨んでいる。でも、それはお前が決めることじゃない。俺が勝手に恨んでいるだけだ」
「そうですか」
「お前は、どう思っている」
アメリアはしばらく考えた。
「謝罪は聞きました。受け取るかどうかは、まだ決めていません。でも——憎んではいないです。もう、遠い話になってきました」
エドワードは少し目を細めた。
「強くなったな、お前」
「そうでしょうか」
「そうだ。昔のお前は、こういうとき何も言わなかった。全部飲み込んで、一人で抱えていた」
アメリアは少し驚いた。兄がそんなふうに自分を見ていたとは、思っていなかった。
「……気づいていたんですか」
「気づいていた。でも、どう声をかければいいかわからなかった。俺も不器用だから」
「お兄様」
「何だ」
「ありがとうございます。五年間も、今も」
エドワードは少し顔を背けた。耳が、わずかに赤くなっていた。
「……礼はいい。俺がやりたくてやることだ」
それから立ち上がって、扉に向かった。
「一つだけ言っておく」
「はい」
「クロード殿下のこと——俺は認めている。あの人なら、お前を幸せにできると思っている」
アメリアは少し目が熱くなった。
「……ありがとうございます、お兄様」
「泣くな」
「泣いていません」
「目が赤い」
エドワードはそれだけ言って、扉を閉めた。
アメリアはその扉を見つめて、小さく笑った。
マリアンヌと全く同じことを言う兄だった。
それから数日後、ヴァルロワ公爵家がモンテ侯爵家との関係を正式に清算したという知らせが、社交界に静かに広まった。
王家からの冷遇。グレシャン商会の打ち切り。そしてヴァルロワ公爵家との清算。
三つが重なって、モンテ侯爵家の社交界における立場は、決定的に変わった。
静かに、しかし完全に——孤立した。
第二十五話 了
次話「夜会の逆転」へ続く




