第二十四話「イザベルの失態」
第二十四話「イザベルの失態」
十一月になった。
秋の社交シーズンも終盤に差し掛かり、王都の空気が冬の気配を帯び始めた頃、モンテ侯爵家にとって決定的な出来事が起きた。
フォンテーヌ伯爵夫人主催の、秋最後の大きな夜会だった。
その夜会に、イザベルは出席していた。
最近、招待状が減っていたが、フォンテーヌ夫人からはまだ招待が来ていた。イザベルはそれを、まだ関係が続いているしるしだと思っていた。
だが夜会が始まってすぐ、イザベルは気づいた。
自分への視線が、冷たかった。
挨拶をしても、短い返事しか返ってこない。輪に入ろうとすると、自然と話題が変わる。以前からそういう傾向はあったが、今夜は特にひどかった。
それでもイザベルは、笑顔を保ちながら会場を歩いた。
夜会の中盤、ランベール公爵夫人のグループの近くを通りかかったとき、聞こえてきた。
「……モンテ侯爵家、今年の収穫祭の宴、ひどかったそうですわよ」
「まあ。どのように」
「席の配置が滅茶苦茶で、グレシャン商会の奥様とシャルロワ伯爵夫人が隣同士になってしまったとか。あのふたりが仲が悪いことは、社交界では常識なのに」
「まあ、それは……前の奥方様なら絶対にしない失敗ですわね」
「ええ、本当に。アメリア様はそういうことを全部把握しておられたから。今の奥方様には、少し荷が重いのかしら」
イザベルは足を止めた。
聞こえていた。全部、聞こえていた。でも振り返れなかった。振り返ったら、もっと惨めになると思ったから。
そのまま歩いて、人が少ない窓際に移動した。
収穫祭の宴のことは、イザベルも気になっていた。アメリアのリストを参考にしたつもりだったが、どうやら読み切れていなかったらしい。グレシャン商会の奥様とシャルロワ伯爵夫人が仲が悪いなど、知らなかった。
リストには書いてあったのだろうか。
あとで確認しようと思いながら、そのままにしていた。
窓の外を見ながら、イザベルは深く息を吐いた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「イザベル様、こちらにいらしたんですか」
振り返ると、ノワール子爵夫人だった。三十代の、快活な雰囲気の女性だ。
「ええ、少し休んでいました」
「まあ。収穫祭の宴、大変でしたわね。私も招待いただいていたんですが、急な用事で伺えなくて」
「……そうでしたか」
「でも色々とお聞きしましたわ。グレシャン商会の奥様、随分お怒りだったとか」
イザベルは返事に詰まった。
「仕方ありませんわよ、最初は誰でもわからないことがありますもの。でも——」
ノワール子爵夫人が、少し声を落とした。
「グレシャン商会の奥様、モンテ侯爵家との取引を完全に打ち切ると、ご主人に申し入れたそうですよ。奥様が強くおっしゃったものだから、ご主人も断れなかったとか」
「……完全に」
「ええ。これまでは縮小、でしたけど——今回ので、完全に切れるかもしれないわ」
イザベルは黙った。
縮小から、完全に打ち切りへ。グレシャン商会との取引が切れれば、モンテ侯爵家の財政にさらなる打撃になる。それがイザベルの失態から起きたことだと——周囲は全員、わかっていた。
「ノワール夫人、教えてくださってありがとうございます」
「いいえ、知っておいた方がいいと思って。——お気をつけて」
ノワール子爵夫人は笑顔で去っていった。
イザベルは窓の外を見た。
夜の王都が、灯りで輝いていた。
一年前、侯爵夫人になると決まったとき、この王都の社交界の中心に立てると思っていた。華やかで、輝かしい毎日が待っていると思っていた。
現実は、こうだった。
失態を重ねて、陰で噂され、取引を打ち切られる。夫は自分を見ていない。屋敷は管理できない。社交もうまくいかない。
何もかもが、思っていたものと違った。
イザベルは窓ガラスに映る自分の顔を見た。
笑顔を作っているつもりだったが、映っていたのは——ただ疲れた顔だった。
アメリアは五年間、この疲れを抱えていたのだろうか。
いや——きっと、もっと重いものを抱えていたのだろう。
それでも笑い続けていたのだから。
第二十四話 了




