第二十三話「置物の重さ」
第二十三話「置物の重さ」
ベルナールとの面会から三日後、アメリアはクロードに話した。
応接室で向かい合って、お茶を飲みながら。いつもの時間に、いつもの場所で。
「どうだった」
クロードが聞いた。
「謝罪を聞きました」
「それだけか」
「それだけです。侯爵家への協力は断りました。当然ですが」
クロードは頷いた。
「辛くなかったか」
「……思ったより、辛くなかったです」
アメリアは少し考えてから、続けた。
「五年間を考えたことはあったかと聞いたら、なかったと言っていました」
「……そうか」
「正直に言ってくれたので、よかったと思っています。嘘をつかれるより、ずっと」
クロードはしばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「よく行けたな」
「行かないと、ずっと引きずりそうだったので」
「そうか」
「クロードが止めなかったから、行けました」
クロードは少し目を細めた。
「止める理由がなかった。お前が自分で決めたことだから」
アメリアは小さく笑った。
その翌週のことだった。
秋の社交シーズンの中盤、エルヴィン侯爵家主催の夜会があった。一年前、アメリアが初めてイザベルを目にした、あの夜会と同じ場所だった。
アメリアはクロードと並んで会場に入った。
一年前と同じ大広間。同じシャンデリアの光。でも、何もかもが違った。アメリアの隣にいる人が、違った。アメリアの表情が、違った。
会場に入った瞬間、視線が集まった。王太子とアメリアが並んで現れた——その事実だけで、会場の空気が変わった。
そのとき、ベルナールと目が合った。
人波の向こうで、ベルナールがアメリアを見ていた。隣にイザベルはいなかった。一人で立っていた。
アメリアはベルナールを見た。
一年前、あの夜会で、自分はあの人の後ろで微笑んでいた。完璧な侯爵夫人として、感情を飲み込んで、ただ笑っていた。
今夜は——クロードの隣に立っていた。
ベルナールが、静かに頭を下げた。
アメリアも、静かに頷いた。
それだけだった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
クロードが小声で聞いた。
「大丈夫か」
「ええ」
アメリアは前を向いた。
会場の中ほどで、マリアンヌが手を振っていた。アメリアも小さく手を振り返した。
夜会が進む中、ベルトラン侯爵夫人がアメリアのそばに来た。
「アメリア様、今夜はお美しいですわ」
「ありがとうございます、ベルトラン夫人」
「殿下とお似合いですこと。社交界中が、そう思っておりますわよ」
「まあ」
「モンテ侯爵家のことは、皆さん色々とおっしゃっていますが——あなたが幸せそうで、私は嬉しいです」
アメリアは少し驚いて、それから微笑んだ。
「ありがとうございます。ベルトラン夫人にそう言っていただけると、とても嬉しいです」
「あなたが五年間、どれほど頑張っていたか——社交界はちゃんと見ていましたよ」
その言葉が、じんわりと胸に沁みた。
見ていてくれた人が、いた。
完璧な侯爵夫人の仮面の奥で、何かを必死に支えていた自分のことを、ちゃんと見ていてくれた人が。
夜会の後半、クロードがアメリアに手を差し伸べた。
「踊るか」
「ええ」
アメリアはその手を取った。
フロアに出た瞬間、会場が沸いた。一年前、同じ場所で、同じように沸いた夜を思い出した。あのときはまだ、アメリアは戸惑っていた。
今夜は違った。
クロードの手を取って、フロアに立って、自然に笑えた。
踊りながら、クロードが小声で言った。
「一年前のあの夜会から、随分変わったな」
「そうですね」
「お前が変わったんじゃない。戻ってきたんだと思う」
アメリアは少し目を瞬かせた。
戻ってきた。
変わったのではなく、戻ってきた。クロードはそう言った。
「……そうかもしれません」
アメリアは静かに答えた。
シャンデリアの光が、フロアを明るく照らしていた。
一年前、この光の下で、アメリアは飲み込んでいた。今夜は——ただ、踊っていた。
置物は、もうどこにもいなかった。
第二十三話 了




