第ニ十話「王家の冷遇」
第ニ十話「王家の冷遇」
九月になった。
秋の社交シーズンが始まる前の、静かな時期だった。王都に戻ってくる貴族たちが増え始め、社交界がゆっくりと動き始めていた。
その日、ベルナールは王宮からの書簡を受け取った。
開いた瞬間、手が止まった。
秋の王家主催の夜会——モンテ侯爵家への招待は、なかった。
春の園遊会に続いて、秋の夜会まで。王家からの招待が、二度続けて届かなかった。これはもう、手違いではなかった。
ドミニクを呼んだ。
「秋の王家の夜会の招待状が、届いていないな」
「……はい。確認いたしましたが、今年は届いておりません」
「問い合わせろ」
「すでに確認いたしました。春と同様、招待者の選定を見直しているとのことで」
ベルナールは黙った。
選定を見直している。春にも聞いた言葉だった。だが春は、まだ可能性があると思っていた。秋になってまた同じ言葉を聞いて、ベルナールはようやく理解した。
これは、決定だ。
王家は、モンテ侯爵家を社交の場から静かに外している。
「殿下が……アメリアを選ばれたから、か」
ベルナールは独り言のように呟いた。ドミニクは答えなかった。答える必要がなかった。
王太子がアメリアを選んだ。それはつまり、ヴァルロワ公爵家が王家と深く繋がることを意味する。その状況で、アメリアを「置物」として扱い、離縁という形で手放したモンテ侯爵家が、王家から歓迎されるはずがなかった。
自分でまいた種だと、ベルナールは思った。
全部、自分がしたことの結果だった。
ドミニクを下がらせてから、ベルナールはしばらく執務室で動けなかった。
王家との縁が切れるということは、社交界における侯爵家の立場が根本から変わることを意味した。王家主催の場に呼ばれなくなれば、他の貴族たちも距離を置く。距離を置かれれば、取引も、縁組も、全てに影響が出る。
負の連鎖が、もう止まらないところまで来ていた。
その夕方、イザベルが執務室を訪ねてきた。
「ベルナール様、王家の夜会の招待状が届かないと、エレナから聞いたのですが」
「ああ」
「それは……どういうことですか。春の園遊会も呼ばれなかったのに、秋まで」
「そういうことだ」
「そういうこと、って——何か手を打てないんですか。ベルナール様が王宮に直接お話しに行くとか」
ベルナールは少し間を置いた。
「行っても、意味がない」
「なぜですか」
「……殿下が、アメリアを選ばれた。それが全てだ」
イザベルは黙った。
しばらくして、イザベルが静かに言った。
「アメリア様が……王太子妃になるということですか」
「そうなるだろう」
「……」
イザベルはそれ以上、何も言えなかった。
アメリア=ヴァルロワが王太子妃になる。自分が追い出した女が、この国の次の王妃になる。その現実が、イザベルの胸に、じわじわと落ちてきた。
侯爵夫人になれたと思っていた。アメリアより上に立てたと思っていた。
だが現実は逆だった。
アメリアは侯爵夫人など、はるかに超えた場所に立とうとしていた。
「ベルナール様」
「何だ」
「私たちは……これからどうなるんですか」
ベルナールはしばらく黙った。窓の外を見た。夕暮れの空が、橙色に染まっていた。
「わからない」
正直に、そう答えた。
イザベルは何も言わなかった。扉の方へ向かいかけて、止まった。
「……アメリア様は、どんな方でしたか」
ベルナールは少し驚いた。イザベルがそんなことを聞くとは、思っていなかった。
「なぜ聞く」
「知りたいんです。私が……追い出してしまった人が、どんな人だったのか」
ベルナールはしばらく黙っていた。
アメリアは、どんな人だったか。
完璧な人だった。隙がなく、感情が見えず、何でもこなした。でも——昨夜の夜会で見た、王太子と踊るときの顔を思い出した。あの笑顔を、自分は一度も見たことがなかった。
「……俺が知っているアメリアは、完璧な侯爵夫人だった」
ベルナールは静かに答えた。
「でも、本当のあの人は——俺には、最後まで見えなかった」
イザベルは何も言わずに、扉を開けて出ていった。
ベルナールは一人、夕暮れの空を眺めていた。
橙色が、少しずつ暗くなっていく。
モンテ侯爵家の秋は——長く、暗いものになりそうだった。
第二十話 了




