第十六話「アメリアの答え」
第十六話「アメリアの答え」
七月になった。
夏の王都は、社交の季節の締めくくりに向かって、夜会や茶会が続いていた。アメリアもその多くに出席した。もう、怖くなかった。仮面なしで立てることが、当たり前になってきていた。
その日の午後、クロードが来た。
いつものように応接室に通して、お茶を飲んだ。他愛もない話をして、笑って、静かな時間を過ごした。
帰り際、クロードが玄関で外套を羽織りながら、ふと言った。
「アメリア」
「はい」
「今日は、答えを聞きに来たわけじゃない」
アメリアは少し笑った。
「知っています」
「ただ——お前が笑っているのを見たかっただけだ」
クロードはそれだけ言って、扉に向かった。
アメリアはその背中を見ながら、胸の中で何かがはっきりと定まっていくのを感じた。
「クロード」
呼んだ声が、自分でも思ったより真っ直ぐだった。
クロードが振り返った。
「答えを、聞いてもらえますか」
クロードの動きが、止まった。
アメリアは一歩、前に出た。
「もう少し、と言い続けていましたが——今日、はっきりわかりました」
「……」
「お前が笑っているのを見たかっただけだ、と言ってくれました。笑顔を求めてくれる人が、隣にいるということが——どれほど大切なことか」
クロードは黙って、アメリアを見ていた。
「五年間、笑い続けました。でもあれは、誰かのための笑顔でした。クロードの前で笑うのは——違う。自然に、笑えている。それが、やっとわかったんです」
「アメリア」
「はい」
「答えは」
アメリアは真っ直ぐに、クロードを見た。
「喜んで、お隣に立たせてください」
クロードはしばらく、何も言わなかった。
ただ、じっとアメリアを見ていた。その金色の瞳が、わずかに揺れていた。王太子として、いつも静かで、感情を表に出さない人が——今だけは、隠せていなかった。
「……そうか」
クロードは、たったそれだけ言った。
声が、わずかに掠れていた。
アメリアは思わず、小さく笑った。昔、庭で「幸せになれよ」と言ったときと同じ、掠れた声だった。あのときは悲しくて掠れていた。今日は——きっと、別の理由で。
「クロード、泣きそうですか」
「泣いていない」
「そうですか」
「泣いていない」
クロードは少し顔を背けた。アメリアはもう一度、小さく笑った。
それからクロードが、もう一度アメリアを見た。今度は、真っ直ぐに。
「正式な手順を踏む。父上に挨拶に来る。近いうちに」
「はい」
「それまでは——」
「三日に一度、来るんでしょう」
クロードは少し目を瞬かせた。それから、珍しくはっきりと笑った。
「ああ」
アメリアも笑った。
玄関の扉が開いて、夏の光が差し込んできた。
クロードが出ていく。その背中を見送りながら、アメリアは思った。
五年間、誰かの後ろで微笑み続けた。
でもこれからは——自分の意志で、隣に立つ。
扉が閉まった。
アメリアはその扉を、しばらく見つめていた。
胸の中が、静かで、温かかった。
第十六話 了




