その18
「皆よく集まってくれた。何を聞かされて志願してくれたかは不明だが、今から話す事は絶対口外しないこと。それをここで宣誓してくれ。魔石で契約を行い、証とする。」
120名の都組と教練場の職員、村民の大人全員は、アズ様のこの言葉に顔を見合わせた。俺たち家族と候補、ナルとプルとアズ様は教練場のグラウンドに集まり、到着したばかりの人員を早々に整列させて、今に至る。
最前列中央の、初老で白髪の男性が質問をする。
「お嬢様、我々は虫との戦闘を補助すると言う風に聞かされていますが、他にも何かありますかな?」
落ち着いていて姿勢の良い、片目を眼帯で隠した目付きの鋭い老人で、若い頃はさぞや女性に好かれただろう面構えだ。軍団の団長だろうか?
「セネル、ご苦労。そうだ、お前の言う通り他にも用件がある。だが、まずは宣誓しなさい。承諾できなければ今すぐ都へ帰って貰う。」
おいおいアズ様、そう言うことは先んじて...ああ、情報漏洩を警戒したのか。
「...分かりました。我等はあなた様の私兵です。この命、お嬢様のために。」
その場の全員が片膝をついて、祈るように両手を組み前へ突き出した。絶対服従の証だ。アズ様の持っている契約の魔石がチカチカ作動している。どうやら宣誓が終わったようだ。
「皆の命、私が預かった。これより全員の生きる目的を与えられると確信している。喜べ、我等のユートピアが戦いの後で、ここから誕生する!」
全員の表情が生き生きとし始め、歓呼に包まれる。彼女のこの発言だけで、ここまで信じることが出来ると言うこの事実が、アズナイル卿の実力を物語っている。
まだ何もやってない内から、お祝いムードだ。都組はお互い肩を組んで笑い合い、村民は笑顔ではしゃいでいる。こ、これから説明した後の反応が恐いんですがそれは...
「我は人を得た。ここに居る一番弟子アルタレスの息子の彼が、お前たちの未来を指し示してくれる。これから行う大規模殲滅戦で地域最大の生息地は完全に一掃されるだろう。」
これを聞いて、ざわめきが起こる。今まだ誰もなし得ない事業だからな。アズ様はそれを無視して、語り続ける。
「皆の不安は、作戦の詳細を見れば無くなると保証する。しかし、実はその後に行われるであろう大事業が、我々の本当の目的となる。それは、今から配るこの計画書に記載されている。」
アズ様は、俺が渡した計画書の内の一枚を上に掲げた。
「これだ、この中に諸君の生き甲斐と利益、豊かな暮らしへの道筋が詳細に書かれている。但し、この事業は都に知られる前に完遂させる。」
アズ様とは、今まで入念に計画を練ってきた。この数週間はお互いの創意工夫を凝らした都市計画の構築期間だった。
周囲のざわめきは、更に大きくなる。アズ様は村長の方を見ると、頷いた。彼はアズ様が後ろに下がると同時に集団の前に堂々と立つと、語り始めた。
「皆の衆、聞いてくれ。アズナイル卿は、今まで教練施設を含めた村の運営に惜しみ無く協力をしてくれた。いわば我等の恩人だ。その事は、解っているだろう?」
村民は皆が頷いている。そうだ!という叫びも聞こえた。村長は続けた。
「そしてここに居る、今まではクラフターと皆が呼んでいた我が息子、本名はマサと言うのだが、彼が村に絶大な貢献をしてくれる。今までの暮らしは劇的に変化し、より豊かに、より危険の少ない環境がこの戦い以降に誕生するのだ。」
村人がざわついている。宿屋のヴォルグが、質問した。
「その、クラフターってのは偽名なのは皆分かっていたが、何でその様な事を?」
「それは、後程彼に語ってもらおう。」
「分かった。それが何で都に秘密にする必要があるのか解らんのだが?」
「それは私の都合ね。都は、自分の文化より発展した地域を援助しなくなったりする。今までも事例があるわ。話が先に上位様達に知れて、完成する前に援助を切られると困るわ。勿論我々都の人員も協力出来なくなる。」
アズ様が村長の横で解説してくれた。村民は納得したようだ。
「確かに、そんな話は聞いたことがある。私は村長を信じる。」
ヴォルグ氏は、皆の方を振り替えってそう言った。村民は皆頷いている。村長は俺に目配せした。さて、気合いの入れ時だ。俺は後ろに下がる村長と入れ替わりに群衆の前に立った。
「皆さん、俺は結婚式の時にも聞いたかもしれないけど、自分の里を追われて放浪していました。村は全滅し、俺以外皆死んでしまった。偽名は、俺の能力を目立たなくする手段です。」
一度間を置いた。今は夕方で、村全体が黄昏色に染まっている。整列している人々の長い影がオレンジ光に淡く照らし出され、見た目の人数以上のギャラリーを演出していた。
「気づいている人も居ると思うけど、俺の技能は悪用も出来る。それを隠すために里の掟で顔と名前を変えて、今まで生きてきました。こんな風に。」
分子クラフトで人相を変えた。俺の顔は一瞬光った後に老人に変わった。全員がどよめいた。また元に戻す。
「俺はここに来てから、安らぎを得ることが出来ました。里を出てから、初めてこんなに人の優しさに触れることが出来た。だから、感謝の気持ちで村長や皆のために何が出来るかを今まで考えていた。」
ハンコックが前に出て、励ましてくれた。
「旦那が善い人だったからですぜ!我等はあんたの人柄と行いに惚れてるんでさあ。」
「そうだそうだ!」
「先生は命の恩人よ!」
「村を助けてくれたから!」
皆からの沢山の励ましで、俺はメッチャ喜んだ。そんなに思ってくれているとは...。
「ありがとう。そして、さっき言ってた掟を少し解放して、皆と分かち合う事に決めました。何故秘密かと言えば、文明レベルが違いすぎるからです。場合によっては権力者の敵意を生むきっかけになる程です。」
何人かは大きく頷いていた。元患者がほとんどだ。周りの反応を見て、他の村人も信じたらしい。
ハンコックと並んで腕を組んでいる女性が、手を振っていた。ああ、彼女も元患者だったな。そうかあ、彼女のお陰で彼は味方してくれるんだな。確か調理中に手の大火傷だったな...。かみさんかな?
「だから、出来るだけ危険な部分を削ぎ落として、それを提供しようと考えました。詳細はここに書かれていますが、概略を説明しますと...」
固唾を飲んで皆が次の言葉を待っている。
「ひとつは都と各村の往来を瞬時に出来るようにして、人の往来と物流を盛んにします。」
大きなどよめきが起こる。俺は語り続けた。
「そして、虫に脅えない安全地域を作り、砂漠を農地として食用の植物を育てられる区域を確保して、食料不足を数年かけて解消します。」
おおー!と、驚きの声があがる。皆が半信半疑で話に聞き入っている。
「また、災害を想定してこの村を周囲の農地ごと空中に浮遊させます。基本はこの3柱で、皆に貢献できると思います。」
皆、驚きのあまりシーンとしてしまった。まあ、こうなるわな。だが俺なら出来る。
霊的進化した分子クラフトは、新カテゴリーに「環境改善クラフト」が加わっていることに前から気付いていた。都市を浮遊させ、将来的には何らかのバリアーで全体を防御させる。
バリアー内の気象をコントロールでき、農耕に不可欠な水源や日照が確保できる様に移動が出来る。村は、完全自給自足の要塞になるのだ。
「驚くのも無理ないと思う。だがしかし、この宣誓書は俺の技術の一旦を組み込んである。そして皆の同意を得るための承認機能が付いている。まずはそれを観てから、決断してほしい。」
俺はセネルに近付くと、用紙を渡した。彼が紙を持った瞬間、彼の目が光で溢れた。
「おおーっ!これはああああっ...見える、未来の姿が見えるぞう!」
サットに協力してもらって、視界をモニター代わりにビジュアライズした動画を見せる仕組みにした。映像処理と解説は視界と脳内で高速に行われ、30秒で理解できる。
セネルは目の光が消えると、紙の中央に親指で指紋登録した。これで彼の同意を得たことになる。
「私は今まで生きてきて、この様な奇跡に出会ったことを幸運に思っている。皆これを見てみろ!感動するぞ!」
セネルは感動で涙を流し、宣誓書を片手に叫んだ。俺は続けた。ここぞとばかりに語気を強めた。
「見ての通り、全員分の誓約書がここにある。並んで受け取ってほしい。これに宣誓した者だけが、大規模殲滅戦に協力した者だけが、未来の豊穣を勝ち得る資格があるものとします!」
宣誓書には都市機能の秘匿、戦いへの参加と協力の義務、戦闘か物資確保係の講習受講の義務、それの全てを個人責任として行う事が含まれている。
そして最後に、指紋と網膜認証が説明され、大規模殲滅時の戦闘参加か倉庫運営係りの選択承認がある。
終わった後は3日以内にそれぞれの役割に対する講習映像を見る作業があり、終了後に誓約書は消滅して魔石に契約が追加される。
未成年(15歳以下)はこれに含まれない。子供達には、無料で資格が提供される。
全員に書類を配り、皆が自分達の未来を垣間見た。驚きと感動の声があちらこちらから上がった。
誰も計画を拒否するものは居なかった。ここに集った都組と19番村は、全員が一致団結して浮遊都市計画に参加する事になった。
「アズ様、お願いします。」
アズ様は前に出ると、拳を上に突きだし宣誓した。
「諸君、これは地域を貧困と危険から遠ざけ、都より豊かな暮らしと魔導研究出来る環境を得る絶好のチャンスなのだ。誰にも文句は言わせない。我々の楽園を、勝ち取ろうではないか!」
全員が拳を上に突きだして、ウオーッ!と叫んだ。若者は手を取り合い、やってやるぜ!と息巻いている。セネル氏が近付いてきた。
「マサ殿、貴方の技術は神の領域にしか私には見えない。どうか皆を、理想郷に導いて下され。アズ様は、この様な計画を都と一線を画して長年研究されていたのです。」
俺はセネル氏の手を両手で握ると、
「この通り、私は人間です。故郷の人々の供養の為にも、この事業を成功させたいです。セネルさん、お互い精一杯やりましょう。」
と、目を見つめながら言った。セネル氏は強く握り返してくると、大きく頷いて片目を輝かせた。そして、俺はここから更にパフォーマンスをする。
「都の皆さん、戦闘では怪我を心配せずに戦えます。これを見てください。」
皆を注目させて、俺はセネル氏にお願いして眼帯を取ってもらった。大きな傷跡が額から瞼を通って頬まで抜けている。虫の針にやられたそうだ。
俺は分子遺伝学クラフトを実行した。両目を閉じてもらい、手をかざした。淡い光と共に、傷痕が綺麗に消えた。
「目をゆっくり開けてください。視力は両目のバランスを取りましたから。」
彼は両目を開いた。そして感動する。
「おおーっ!見えるぞ!30年ぶりに両目が見える!」
歓声が上がった。皆が戦闘の恐怖に打ち勝てる自信がついた様だ。アズ様が近付いてきて、俺にハグをすると両手を取って感謝を述べた。
「セネルは、私の教育係なの。じいの傷を、あなたの奇跡で治してくれたこの感動に、私の最大の敬意を。」
彼女は両手を握りしめたまま片膝をついて、敬意を表した。都組は全員がアズ様と同じ行動をした。俺は照れながら、
「いえいえ、お役にたてて幸いです。あなたは家族同然と言ったではないですか。その従者の方も、等しく私の家族ですよ。他の方で困っている人がいたら、こちらへ。私の最初のプレゼントです。」
これには都組は大喜びした。20人くらいが集まり、皆が失った部位を取り戻して感動した。俺は皆のハートを鷲掴みにした。治療が終わると、アズ様が指示を出した。
「さあ、明日から誓約書の通りに訓練を始めて!今日はマサさんや村長家族が宿舎内で夕食を提供してくれるわ。皆でお腹を満たして、よく睡眠を摂って頂戴ね。解散!」
昨日クラフトで水餃子と饅頭、カレーライスの準備を大量にしておいたので、学校給食式に温めたり茹でたりしたものを俺達で皿に盛り付けて配り、全員を満足させた。
結局200人分の食料は全部消えてしまった。まあ、虫素材なので全然困らない。知らぬが仏よ...(笑) 俺たちも同じく食べているんだから、文句は言わせない。
それから3日間、村人から都組まで全員を巻き込んで、講習三昧だった。マデュレとサヴィネは、非戦闘員用の希望者に銃戦闘を講師として教えた。
戦闘員は、同じく希望者で銃の講習をマニとナルが教えた。ナルは僅かな時間で、基本的なライフルの戦闘をモノにした。
彼女には、とりあえず普通の機能の物を渡してある。カスタム改造は、もうちょっと彼女の事が解ってからにした。
彼女の役割はフェロモンで虫をクラウドコントロールする役目だ。自衛目的なら充分な機能のはずだ。
俺と村長とアズ様は、セネル氏を始めとした指揮官クラスに、基本的戦略と戦術の説明を行った。あの誓約書を観てなければ、俺のプランを信じて貰えなかったであろう、トンデモ構想だ。
まず、拠点は19番村と生息地の仮拠点のみだ。実は前日にナルと実験をした結果、フェロモンの効果範囲は巨大で最大直径40kmもあることが判った。
その結果、村全体の防衛担当は指揮官が村長で、マデュレとサヴィネに実戦部隊を任せられると判断した。村民の若者の半分が防衛に加わる。倉庫管理は専門の村民が担当する。
正門付近はハンコックをリーダーに銃を持たせて応戦させる。多分そんなに攻撃は来ないと思っているのだが。
一方生息地側の拠点は、都組が全員参加で、村民が残りの構成だ。
彼等の担当は殆どが拠点防衛と戦闘サポートで、指揮官は監督する項目をそれぞれが分担して、同じ担当を2名ずつで割り振った。長期に備えて補給と休息の為だ。
総司令はアズ様で自由行動を臨機応変にしてもらう。ほとんど拠点内に居ることになるかもだが。
俺は大規模殲滅と素材を分解確保、倉庫に収納、レイスフォームを利用しての戦況把握、その他雑用をこなす。即時にクラフト出来るので、適用範囲は自ずと広くなる。
マニ、プル、ナルは遊撃と大規模殲滅を担当し、3人一緒に拠点内外でフォーメーションを組んで行動する。
マルタはマニが約束をしてしまったので、ライエの見学付き添い兼の補給監督をする羽目に。男性の村民はほとんどが拠点防衛を交代でする。
女性は食事作りと怪我の応急手当等サポート&補給作業を。大体その様な内容で打合せは進んだ。瞬く間に時間は過ぎ、いよいよ当日の朝になった。大規模殲滅作戦開始だ。




