第六話
それから二日間。
結局、具体的な対策も見出すことができないまま、無駄に時間だけを浪費してしまった。
ユリシアは聖女としての仕事が忙しく、あの日以来会えていない。
僕の命綱であるリオネも、明日の出征の準備に忙しく、話すら出来ていなかった。
結局、僕が出した結論は、いつどこで訪れるか分からない敵襲を常に警戒し、「僕」の記憶と合致する風景が見えたら、最大限の警戒をして敵の攻撃を自力で回避する。あとはリオナや護衛の騎士の反撃に期待するしかないという、なんともお粗末な作戦しか思いつかなかった。
ひと気のなくなった深夜の寝室で、僕は受け取った書状を見返していた。
今更ではあるが、僕が打った一手は悪手だったかもしれない。
四体目の魔物の存在を知っているからこその警告を発したつもりが、事情を知らない騎士団からすれば、僕が臆病風に吹かれて、自分の保身の為に、もう一度調べ直せ、と我が儘を言っているようにしか聞こえないだろう。
僕のあの進言で、完全に僕の言葉に耳を貸すものは誰もいなくなった。恐らくはリオネも。
元の世界の探索者界隈でも、危険な状況を打破してこそ一流、みたいな風潮はある。ましてや、ここの世界は、それが更に過激になった世界のようなものだ。
ちょっと焦りすぎたかもしれない
もう少し、マシな方法があったかもしれない。
僕は少し自己嫌悪に陥りながら、眠りについた。
◇
出征の朝。
門が閉ざされた王城内では、すでに騎士団が騎馬にまたがり、出発の時を待っていた。
先頭は第二騎士団群、その後ろに第四騎士団、そして僕。
ふと見上げた空は、雲一つない澄み切った青空だった。そして、僕は、それがこんなにも憎たらしいと思えたことは、これまで一度もなかった。
どこかの物語の主人公なら、自分の運命に抗い、気合のこもったセリフとともに、勇敢に砦へと向かうのだろう。だが、今、砦に向かおうとしてる王子様の中身は、底辺探索者の僕だ。
精度の低い役立たずの「危険察知スキル」と、まだ内容が不明な「謎のスキル」しか僕にはない。
一生懸命考えた、僕なりの対策も結局、王国内での僕のポンコツ評価をさらに高めただけという悪手・オブ・悪手。
こんな天気の良い日に、死ぬのがほぼ確定しているなんて、神様って性格悪い。
隊列の馬上で、空を見上げながら、僕は思った。
少し離れたところで、リオネが第四騎士団に指示を出している。
彼女はこちらを一度見たが、すぐに視線を戻した。
きっと、僕の進言はもう処理済みの不安材料として扱われているのだろう。
王城の門が開き、扉の向こうから歓声が広がった。
第二騎士団が先行して門をくぐり始めた。ゆっくりと隊列が動き始める中、こちらに歩み寄る人影に僕は気づいた。
ユリシアだった。
「レン様、くれぐれも気を付けてください。神に祈りながら帰りをお待ちしています」
そう言ったユリシアは僕に手を差し伸べた。
彼女の掌には、小さな十字架のロザリオが握られていた。
「これをお持ちください。きっとレン様をお守りくださると思います」
少し複雑な心境だったが、僕は彼女の手からロザリオを受け取り、自分の首に掛けた。
「ありがとう、ユリシア。神のご加護と、君の優しさが心強いよ」
僕は笑った。笑うしかなかった。
何もしなければ、予定通り死ぬ。少し僕は諦めかけていたところがあった。
でも、彼女の顔を見て、考えが少し変わった。
やっぱり、帰ってきたい。
帰れたらユリシアに思いを伝えてもいいんじゃないか。言わずに自分の気持ちを腐らすなら、自分の運命を書き換えて、ユリシアとの関係も書き換えてしまえ。
そんな乱暴な想いまで生まれた。
それが僕の気持ちなのか、「僕」の気持ちなのかは分からなかったけれど。
◇
隊列は南へと進んだ。
第四騎士団の騎士たちは神妙な面持ちで口数も少ない。僕は周囲を見渡しながら、時折、頷きながら進んだ。
僕の行軍は、「僕」の記憶にある景色と、目の前の景色の答え合わせのようなものだった。
川に架かる石橋の隙間に咲く紫の花。
街道の四つ辻にある祠に供えられたパン。
小さな集落と、騎士たちに手を振る三人の子供たち。
初めて見る異世界の光景と、記憶の中の光景はどれも完全に一致していた。
正直なところ、ズレていて欲しかった。合っていればいるほど、運命通りに進んでいる証となってしまう怖さが、馬の足音とともに近づいてきているような気がした。
昼過ぎ。
討伐隊は南方の古城、ゲルテ城に入城した。
ここまでは全て予定通り。そして僕がみたものも「僕」の記憶通り。
最悪だ。かなり最悪だ。
ゲルテ城を守る辺境伯が挨拶に来てくれたり、リオネが行軍予定を説明してくれたが、話は半分程度しか頭に入らなかった。
ここから、サウスベルク砦まで、あと2時間程度。午後三時頃には到着するらしい。
魔物が活性化する夜までに決着をつけ、伝令馬を本国に飛ばす。
僕たちは奪還したサウスベルク砦で一夜を明かし、翌日に新たな警備隊が着任して、僕らは帰投する。そんな予定らしい。
でも、このままでは、きっと僕はそこにはいない。
僕は用意された食事もそこそこに、リオネがいる中庭に向かった。
「リオネ。食事中に申し訳ない」
僕の呼びかけにリオネはすぐに席を立った。
「ちょっと二人きりで話したいことがあるんだ」
こうなったら、何と思われようが気にしている場合じゃない。
とにかく運命を動かさなければ。
僕は必死だった。
僕らは、城の端の木陰に移動した。騎士たちは、気になっていそうな雰囲気で、こちらを見ていたが、さすがに王子の話を盗み聞きすることも出来ないのだろう。
気になってはいるのだろうけれど、誰もが興味なさそうな顔をしていた。
「どうしましたか、殿下」
リオネは動揺するでもなく、僕を真正面に見据えた。
「落ち着いて聞いてほしい。というより、頭がおかしいと思わずに聞いて欲しいんだ」
リオネは、僕の言葉に少しの間があったが、「承知致しました。お話ください」と静かに答えた。
「魔物は三体じゃなく、間違いなく四体いる。そして、その魔物に僕たちの隊が分断されて、僕は……」
少し言い淀んでしまった。
「僕は死ぬ」たった五文字だけれど、実際に言葉にするのは怖い。元の世界で死ぬ瞬間の、あのドロリとした感覚が思い出された。
「……殿下。根拠はあるのですか」
リオネは静かに僕に問い返した。
ある。「僕」の記憶だ。既に一回、起きていて、遠い世界から来た僕が、レンとして、ここにいる。そして、現実をもう一回やり直している。
そう言えれば、どんなに気が楽だったろう。
「……見たんだ、夢で」
これが限界だ。これ以上言えば、頭がイカれた第三王子としか思われない。
僕は少し唇を噛んだ。
リオネは少しの間、僕のことをじっと見つめていた。
「聖職者が見る予知夢に近いものでしょうか」
それは助け船のように思えた。その解釈があったかと気づかせてもらった。
「そう、そうだと思う。鮮明に見えていたんだ」
僕は食い気味に話した。剣と魔法の世界なら、予知夢とかも十分、根拠として採用してくれるような気がした。やっと話をステージに乗せられる。そう思った。
だが、リオネの反応は淡々としたものだった。
「話は理解しました。殿下のご不安は理解します。……ただ、実際に偵察隊が入念に調べた結果もあります」
僕は自分の血の気が、すっと引いていく瞬間が分かった。
「現地に入りましたら、私が必ず殿下の横に付き、この身を賭して必ずお守り致します。今はそれでご納得下さい」
僕は何も言えなかった。
ただ立ち尽くす僕に、リオネは頭を下げ、隊の方へと戻っていった。
こうして、僕の一か八かの賭けは失敗に終わった。




