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死に戻りの異世界で魔物に殺され続けて得た知識が、現代ダンジョン攻略の鍵になることを、僕を裏切った彼らは知らない  作者: のら


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第七話

 

 討伐隊は、ゲルテ城を発った後もさらに南へと進んだ。


 やがて道は丘陵地帯へと入り、左右の景色から緑が少しずつ消えていく。馬の蹄が踏む道も、土の柔らかさより、剥き出しになった岩肌の硬さを強く感じるものへと変わっていた。


 山間を縫う一本道。

 その先に、サウスベルク砦はある。


 サウスベルク砦は、南方のロズベルグ帝国との国境付近に築かれた、防衛の要所だった。


 現在、グレイフォード王国とロズベルグ帝国の間に大きな衝突は起きていない。けれど、領土拡大を目論むロズベルグが、隙あらばこちらへ攻め込む用意を整えている国であることは、「僕」の記憶にもはっきりと刻まれていた。


 だからこそ、南方の山岳地帯に置かれた三つの砦は、グレイフォードにとって重要な防衛線だった。


 ロズベルグの侵攻を防ぐためにも、常に稼働していなければならない拠点。

 そして同時に、山岳地帯に巣食う魔物や魔族を監視するための、最前線でもある。


 つまり今回の砦奪還作戦は、ただ魔物に占拠された砦を取り戻すだけの作戦ではない。

 砦が落ちたという事実を、敵国に知られる前に処理しなければならない。

 魔物による被害を防ぐため。

 そして、ロズベルグ帝国に余計な隙を見せないため。


 その二つの意味で、サウスベルク砦は一刻も早く取り戻さなければならない場所だった。


 砦に近づくほどに「僕」の記憶も鮮明に思い出された。


 最初は、ただ景色が似ているだけだった。

 けれど、丘陵地帯を進み、岩肌の多い山道へ入ってからは違った。


 右手に見える、崩れかけた石積み。

 道の脇に転がる、半分ほど土に埋もれた車輪。

 崖の上から垂れ下がる、枯れた木の根。


 それは初めて見る景色のはずなのに、記憶の中ではすでに通り過ぎた場所だった。


「殿下」


 前方から馬を寄せてきたリオネが、少し開けた場所で手綱を引いた。

 山間の道が一瞬だけ広がり、視界の先に灰色の砦が見えた。岩山の中腹に食い込むように築かれたその砦は、遠目にも古く、重く、そして妙に静かだった。


「あれが、サウスベルク砦です」


 リオネが指差す先を、僕は黙って見つめた。


 脈が速く、強くなるのが分かった。

 変にアドレナリンが出すぎているのだろうか。腰のあたりが痺れ、鐙にかけた足にも力が入らないのが分かった。


「ここからは、魔物の活動圏に入ります。殿下は決して隊列を離れないようにお願いいたします」


「……うん。分かった」


 僕は頷いた。頷くしかなかった。


 そこから討伐隊は、さらに山間の少し開けた場所に差し掛かった。

 今まで二列程度で進むのがやっとだった道が一気に倍ほどの広さに開けた場所だった。

 左右には岩壁が迫り、ところどころに低い岩陰や、枯れた茂みが残っている。


 道の左手に、赤茶けた巨岩が見えた瞬間、強烈な記憶のフラッシュバックが起きた。


 息が、少し浅くなる。


 見たことがある。

 あの岩を、僕は知っている。


 ここだ。

 ここで、馬が暴れた。

 ここで、隊列が崩れた。

 ここで、僕は……。


 その瞬間、岩陰で黒いものが動いた。


 影が、地面を滑るように走る。

 考えるより先に、喉が勝手に動いた。


「リオネ!! 魔物だ!!」


 僕が叫ぶのと、黒い影が弾けるように飛び出すのは、ほとんど同時だった。


 ブラックホーンウルフ。

 黒い体毛。額から伸びた歪な角。獣の体に似合わない、槍のように鋭い尻尾。

 そいつが岩陰から飛び出し、隊列の横腹へと突っ込んできた。


「敵襲!!」


 誰かが叫んだ。

 直後、騎士の一人が馬ごと弾き飛ばされる。悲鳴と金属音が重なり、狭い平地に一気に混乱が広がった。


 馬が嘶き、騎士が怒号を上げる。

 ある者は、あの尻尾で貫かれ、ある者は鋭い爪で切り裂かれる。

 前へ進もうとする者と、横へ避けようとする者がぶつかり合う。

 魔物は、まるで嘲り笑うように戦場を縦横無尽に飛び跳ねた。


 ただでさえ狭い場所だ。隊列が乱れれば、僕たちの逃げ場もなくなる。


「殿下ッ、こちらへ!!」


 リオネが叫んだ。

 だが、その声に反応するより早く、僕の乗っていた馬が大きく前足を上げた。


「うわっ……!」


 手綱を握る手に力を込める。

 けれど、僕に馬を御する技術なんてない。記憶として知っているだけで、体が追いつかない。

 暴れた馬は、騎士たちの間を縫うように後ろへ下がり、そのまま隊列の端へと押し出された。


「だ、だめだ、だめだ!! た、頼むよッ!!」


 離れた。

 隊から、離れてしまった。


 嫌な汗が背中を伝う。


 これも知っている。

 この流れを、僕は知っている。


 暴れる馬。

 崩れた隊列。

 離れていく護衛。


 そして、黒い影。


 ブラックホーンウルフが、こちらを見た。

 獣の目と、僕の目が合う。


「……あ」


 まずいと思った瞬間、その尻尾がしなった。

 槍のような先端が、まっすぐ僕を狙って飛んでくる。


 あの日と同じだ。

 僕も、この世界の「僕」も、あれで死んだ。


 体が固まる。

 逃げなきゃいけないと分かっているのに、腹を貫かれた記憶が先に体を縛る。


「殿下!!」


 リオネの声がした。

 視界の端で、何かが飛んだ。


 リオネが近くの騎士から奪い取った槍を、こちらへ向けて投げ放っていた。


 槍は鋭い軌跡を描き、ブラックホーンウルフの尻尾に横からぶつかる。

 甲高い音と共に、尻尾の軌道がわずかに逸れる。


 しかし、勢いは削がれたものの、なおも僕の腹めがけて尻尾は飛んできている。


 動け。

 動け。

 ここで動かなければ、また死ぬ。


「わあぁぁぁぁッ!!」


 僕は手綱を放し、馬上で身を捩った。


 尻尾が、鎧のすぐ横を通り過ぎる。

 風が裂ける音がした。

 何かが頬を掠めた気がした。


 尻尾は空を切り、僕は馬から転げ落ちた。


「――っ」


 息が止まった。

 死んでいない。まだ僕は死んでいない。


 そう思った直後、リオネが飛んだ。

 地面を蹴り、黒い影へと一気に距離を詰める。

 戦場用の外套が翻り、その下から抜かれた剣が銀色の線を描いた。


 ブラックホーンウルフが振り返るより早く、リオネの剣がその首筋を斜めに走る。


 一閃。


 黒い魔物の体が大きく傾き、地面に叩きつけられた。周囲の騎士たちが遅れて槍を構え直す。

 暴れていた馬の嘶きが、少しずつ遠くなる。


 僕は尻もちをつき、荒い息を吐きながら、その光景を見ていた。

 体の震えを止めることができなかった。


 身体の内側から聞こえる鼓動は、うるさいくらい、生きていることを主張していた。

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