第1章 ⑦
もしかしたら料理をする許可はおりないかもしれないと思っていたが、案外すんなりとオッケーが出た。ヤトノが足りない調味料は隼人が持ってくると言っていた通り、彼は昼前には持ってきてくれた。
「それで、叔父さんはまだ帰らないの」
「ツレないこと言うなよ~。労力かけたんだから、俺だって飯を食う権利くらいあるだろ?」
やはりそれが狙いかと思いながら、背後にいられても彼は役に立たないので子供たちと一緒に待ってもらうよう厨房から追い出した。とりあえず食べたいと言っていた子供ふたりとヤトノと隼人、それからおかわりのことも考え少し多めに作っていく。
ハンバーグのたねを捏ねていると、ふいに後ろからエプロンを控えめに引っ張られる感覚がして振り向くと、いつの間にかラウルがもじもじしながら立っていた。その後ろにはノワールもいる。
「うん? どうしたの?」
「みてもいい?」
「うん! なんか台かあるかな、ちょっと待ってね」
丁度良さそうな台を持ってきて立ってもらうと、ノワールも隣に立って興味深々で手元を覗きこんだ。
「これなあに?」
「これはね、ハンバーグっていてこうやってへらべったく形を整えたら後は焼くだけ」
鬼の国には日本とよく似た形の米が主食としてあるので、今回はそれを使う。パンでも合わない訳ではないが、やはり米を主食にしている日本人としてはハンバーグと米のコンビネーションは欠かせなかった。
「ぼくもやってみてもいい?」
「ん? ハンバーグ作りたいの?」
流石に王族の子供にそこまでさせてもいいものだろうか。返答に困っていると、ラウルの目が悲しげに潤むのをみて心が痛んだ。内向的な彼が何かをしたいと自発的に発言したのは初めてである。きっとその一言を発するだけでも相当勇気を振り絞った筈だ。できれば叶えてあげたい。
「ラウル様のやりたいようにさせてください」
「うわ!」
いつの間にか厨房の隅に待機していたロウがそう声をかける。壁の染みになって気配がなかったので物凄く驚きながらも、まさか彼から許可が出るとは思ってもなかったので目を見開いた。
「いいんですか?」
「はい」
彼が静かに頷くのを見て、昨日とはまるで別人のような態度に目を丸くする。まあ、許可がとれたのでいいのだが。
「……あの」
「はい?」
「い、いえ……何でもないです」
何かを言いかけ、しかし言葉を濁すロウに小首を傾げながらも、ラウルにニッコリと笑いかける。
「ラウルくん、良いって。それじゃあまずは手を洗って、ゴム手袋しよっか」
子供用サイズの手袋はないのでラウルにはブカブカだったが、流石に素手でやらせるには少し衛生面が気になる。
「ほなちゃん、ぼくもやる~」
「え、ノワールくんも?」
興味が刺激されたのか一緒にやりたいと言い出したノワールに困りながらも、ちらりとノワールの近衛騎士の方に視線をやる。
長い金髪の彼──淫魔には決まった性別がないそうなので彼か彼女かは正確にはわからないが、確か名前はリリステルだったか、中性的な美貌のリリステルは穂南の視線に気づくと妖艶に笑って手を振った。
「リリス、ぼくもやりたい~いいよね」
「あらあら、ノワール様ったら。いつもは面倒臭がりのくせに、今日はどうしちゃったんですか」
「いいの~! ね、リリスがいいって言ってるからぼくもいいよねぇ?」
「えーと……」
「まあ本人がやる気みたいなんで、やらせてあげて」
「そう、ですか?」
「ついでにワタシにもそのハンバーグくれない?」
「えぇ~リリスが食べたらへるでしょ!」
「まあまあ、ノワールくん。多めにあるから、大丈夫だよ。えーと、リリステルさんも、はい、お口に合うかわかりませんが」
「わぁい、やった!」
ぬるりと距離を詰めたリリステルが、そのままフワリと穂南を抱き締める。花のような芳しい香りととんでもない美貌を間近にして、固まった。
(睫毛すごー)
毛穴一つない白皙の美貌は劇団の麗人さながらで、妙にどきまぎしてしまう。どうも魔族とは皆容姿が優れている者ばかりのようだ。ヤトノもあの傲慢なロウも、顔立ちが整っている。そういえば騎士たちどころか城で働いている魔族全員総体的に顔が良いなと、半ば惚けていると、グイグイとノワールが二人の間に入って引き離した。
「も~リリスはほなちゃんにさわっちゃダメ!」
「あらあら、いっちょまえにヤキモチですか?」
随分近しい距離感というか、このふたりはわりと気心がしれた仲のようだ。
「ほなみちゃん」
「うん? どうしたの、ラウルくん」
「あのね、あの……ロウにも、ハンバーグあげていい?」
「「え?」」
穂南とロウの声が重なった。名前を出された本にんも驚いた顔でラウルを見ている。
「ダメ……?」
「い、いや、ダメとかじゃないよ! うんうん、良いと思う」
果たしてこの男が食べるかはわからないが、もしラウルの気持ちを無下にするようならこちらも考えがある。
「ロウ、たべて、くれる?」
黙って頷け、と念を込めて見つめていると、何故か彼は言葉に詰まったように口元を押さえ、それから静かに頷いた。
「俺が頂いてもよろしいのですか?」
「! う、うん! がんばって作るね」
「……はい、ありがとうございます」
まるで昨日とは別じんのようだ。双子の偽物とかではないだろうなと思わず凝視していると、視線に気づいた彼は苦く笑った。
「俺も、少し思うところがありまして……いえ、これでは漢らしくないな。……穂南殿!」
「え、あ、はい」
「昨日の失礼な物言い、本当に申し訳ありませんでした!」
まさか頭を下げられるとは思ってもいなかった。ギョッとして頭を上げてくださいと駆け寄る。しかし頑なに頭を下げ続ける彼に根負けして「わかりました。謝罪を受け取ります」と答える。
精悍な顔に子供のような安堵の表情が浮かぶのを見ると、これ以上悪く思う方が難しかった。
とりあえず仕切り直して「さ、早く作らなきゃ時間がなくなるよ」と作業を再開すると、いつの間にか気づけば厨房には他の子供たちや騎士たちが全員集合していた。
楽しそうに作るラウルたちの姿に興味を惹かれたようで、ハンバーグ作りにはカジだけ追加で参加したものの、結局子供たちの分全員分を作ることになってしまった。予想外だったのでひとり分の大きさが小さくなってしまい、追加で副菜を増やす羽目になったが、ラウルが初めて完食してくれたので、その日の目的は達成されたのだった。




