第1章 ⑧
いつの間にか昼食は穂南が担当することになった。子供たちには意外と好評だったため、クエレに許可を改めてとり、それからシッター兼料理人の真似事をしている。
一週間に一度だけ丸一日休みを貰えるので、今日は休みを満喫する気満々だった。好きに城下を見ていいそうなので、午後はお店でも回ろう。一週間の給料が目を見張るほどきたので、半分はこの国の通過に替えてもらっておいてよかった。
ルンルンしながら廊下を歩いていると、前から見覚えのある幼女が見知らぬ美青年と手を繋いで歩いてきた。
いつもは年齢にそぐわないクールな表情で、他の子供たちとは距離を置いている彼女の名はルチル。吸血鬼の皇女だ。鬼と吸血鬼は仲があまり良くないようで、たまにカジがくってかかっているが全く相手にされていない。とはいえ、カジは基本的にハーピーの子でもあるミラとも喧嘩をしているので、性格が好戦的なだけなのだろうけれども。ただ、ミラとは対等な喧嘩をしているので、以前のようにラウルや自分より弱い子供を苛めたりすることはなくなったので、良い変化ではある。
ルチルは平素ではおおよそ見せたことのない笑顔で手を繋いでいる相手を見つめていた。
初めて見る表情に驚いていると、ルチルがあっ、という顔をして穂南に気づいた。
「ルチル? どうしたんだい?」
「兄さま……」
ルチルの視線に気づいた青年が穂南を見て訝しげな表情を浮かべた。
(皇族のひとだ!)
ルチルが兄と呼んだその青年は、一瞬スウッと目を細めた。警戒されていることに気づいた穂南は、慌てて壁の端に寄ると頭を下げる。皇族に対する正しい態度など知らないので、不敬だと捕まったらどうしようと冷や汗をかいたが、ルチルが青年の手を引っ張って言った。
「あの人はシッターです」
「あぁ、人間の世界から来ているという」
納得したように頷いた彼は警戒を解くと、品のある仕草で自己紹介をしてくれた。
「驚かせてすまない。私の名はクォーツ、吸血鬼の国の第二皇子だ。ルチルがいつも世話になっているね」
ルチルと同じシルバーブロンドに、日の光によっては紅に見える紅茶色の瞳。透けるような白さの肌に高い鼻梁は、まるで芸術作品のようでもある。まさに人ならざる美しさ。
とんでもない身分と容姿を兼ね備えながら、しかし彼は柔和な態度で礼を言った。
穂南も慌ててペコペコ頭を下げる。
「あ、私は穂南です」
何の捻りもない自己紹介をしながら、その紅茶色の瞳に懐かしさを覚える。そういえばあの子もこんな綺麗な色の瞳をしていた。
「ほなみ」
「あ、あぁ、なあに、ルチルちゃん」
ぼおっとしている穂南を不思議そうに見上げるルチルに膝を折ると、彼女は長い睫毛を瞬かせた。
「どこか行くの?」
「うん、城下町にちょっとね。ルチルちゃんはお兄さんとどこか行くの?」
「兄さまと、このあと城にあるバラ園を見に」
「そっか、よかったね」
うん、と頬を染めながら嬉しそうに頷くルチルに、兄のことが本当に大好きなのだなとこちらも頬を緩めた。
「それでは私たちはこれで」
「はい。ルチルちゃん、楽しんできてね」
気さくな態度なクォーツに内心安堵しながら、穂南はふたりとそこで別れると、城下町へと足を運んだ。
最初に見た通り、活気づいた町は見ているだけで楽しい。ワクワクしながら色々買い食いしていて思ったが、中には穂南のように外見が丸っきり人間のような種族も意外といた。基本的に魔族には人間とは違う耳や尻尾があり、獣の形をしていない耳の種族は大抵少し尖っている。丸い耳を持つ種族はこの世界では魔法使いだけのようだった。
串に刺さったピリ辛の肉を食べながら色々目移りしていると、ふいに腕を誰かに掴まれた。
「おい、お前……」
「は? 誰ですか」
フードを被っていて顔が見えずらい。穂南の腕を無遠慮に掴んだ男に困惑していると、彼は躊躇うように名前を聞いてきた。
「お前、名前は?」
「離してくださいっ、いきなり何なんですか!」
周囲が何事かとこちらを遠巻きに見る視線を感じながら、穂南は男を睨みつける。ぐっと力が込められた腕に眉を顰めると、男はハッとしたように手を離した。
「あ、いきなりすまなかった。ただ、俺はお前の名前を聞きたくて……」
突然見知らぬ魔族にそう言われて誰が名乗るのだろう。同じ人間でも不審者として警戒するというのに。
騒ぎになるのは避けたかったが、このまま無理強いするなら実力行使するしかない。
咄嗟に長年やっている空手の構えをとると、男はハッとした様子で「カラテの型……」と呟いた。
「何で空手だって知ってるの?」
もしかしたら地球に行ったことのある魔族なのだろうか。訝しんでいると、後ろから慌てた様子で別の男がフードの男の肩を押さえこんだ。
「目を離した隙になーにお嬢ちゃん口説いてんの」
肩まであるオレンジ色の髪の派手な顔立ちの男に、フードの男は迷惑そうに掴まれた肩を振り払う。
「ごめんね、ちょっとこいつはしゃいじゃったみたいで!」
それだけ言うと、何か言いかけたフードの男をグイグイと引っ張って人の波へと行ってしまった。
「え~……何だったの」
せっかくの楽しい気分が台無しだ。これ以上散策する気も起きず、結局そのまま帰ることにしたのだった。
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「何か言い訳ある?」
「……」
宿に戻ったキースは、むっつりと押し黙ったままそっぽを向く年下の男に口元を引き攣らせながらオレンジ色の髪を掻き上げた。
「坊っちゃん」
抵抗できないよう魔法をかけて引きずられたことを根に持っているのか、キースの言葉を無視する。昔から手のかかる年下の友人である。
「坊っちゃんはよせ。今はラドだ」
「へいへい、ラドさんよ、目立つことは避けろってジュラルさんに言われてたよな? 何でちょっと買い物してる隙にどっか消えてんの? しかも女の子ナンパしてやがるし」
吸血鬼特有の紅茶色の目が、不服そうにギロリと光った。
「ナンパじゃない」
「じゃあ何よ?」
「……」
まただんまりを決めるラドに呆れながら、まあ、確かに今で異性に興味を示さなかった彼にしては珍しいなと先ほどの少女を思い出すが、可愛らしい顔立ちをしているくらいで何の特徴もない少女だという印象しかなかった。むしろ昔のラドならそれこそ顔だけなら宝石のような美しい少女たちばかりに囲まれていた。
本にんも負けず劣らずというより、美姫と名高い少女たちより美しい顔をしているのだが、もしかして好みは素朴な女性だったりするのだろうか。
「まあいいや。次やったらジュラルさんに叱ってもらうからな」
返事の代わりに鼻を鳴らす男にため息を吐きながら、しかし腹が立ったので軽く小突くのだった。




