第1章 ⑥
クエレの住む屋敷は城からほど近い場所に建っていた。元々高位貴族であるクエレの一族は代々王家に仕えているのだが、先代、つまりクエレの両親は早々にクエレに家督を譲って今は田舎でのんびりライフを満喫している。広い屋敷に使用人たち数人で暮らしている彼だが、仕事が忙しくて屋敷に帰宅することはそれほど多くはない。
「クエレ居るかな」
一応城から帰宅したことは確認済みなのだが、まあ居ないなら居ないで広い屋敷のベッドでも借りて寝ようと呑気に屋敷に入って行ったヤトノは、使用人に客間へと通された。
「クエレー邪魔する、ぞ……」
「お、ヤトちゃんじゃん。お久~」
「ゲッ」
客間で優雅にワインを飲んでいる親戚ととある男の姿を目にして、思わず嫌そうな声が漏れる。
「ゲッて何だよ、失礼だなぁ」
わざとらしく拗ねた表情をする男──隼人に若干の苦手意識を持っているだけに、あまり会いたくはなかった顔だった。
飄々としているがその実腹の内が全く読めないこの男のことを、ヤトノはなるべく避けるようにしていた。
「マジお前の親戚、失礼ながきんちょですね~クエレ。きちんと躾しないとダメよー?」
「それはもう成体なので最早手遅れですね」
隼人のだる絡みにシレッとそう言いながら興味なさそうにワインを味わっているクエレに、思わず突っ込みを入れる。
「いや、そこは俺を庇えよ! ……つうか、隼人さん、俺のことガキ扱いするけど、年齢で言えば俺のが年上ですからね」
「寿命の長さが違う奴に年齢マウントとること自体がやっぱがきんちょだよな」
「いや、あんたが先に……」
「俺は年齢マウントなんてとってねぇからな。あくまで精神的ながきんちょ具合を言ってるだけ。後、社会的年齢っての? 俺は人間の中できちんと大人だけど、お前は龍族の中じゃ成体なったばっかのぺーぺー。人間年齢で言えば二十歳になったばかりじゃん」
よく回る口である。昔から口で勝てた試しがないため、ヤトノは口の端を引き攣らせながらも応戦はしなかった。どうせ何を言っても揶揄われるだけだ。
「はあ、まあいいや。今日はちょっとクエレに用事があっただけだし」
クエレは認めないが案外馬が合うのか仲が良い二人は、わりとよく集まって酒を飲んでいることが多い。二人がかりで揶揄われる前に要件だけ伝えて早く撤退しよう。
「用事?」
「ああ。あのこ、穂南ちゃんから」
「穂南から? どうしました?」
あからさまに関心を見せる様子に、彼はこんなにもわかりやすい男だったかと思わず呆れてしまう。
「ラウル殿下に昼飯作ってやりたいから厨房使ってもいいかだって。ま、多分ラウル殿下に作ったら他の姫や王子たちにも作る羽目になるだろうけど」
「ラウル殿下に? それはまたどうして?」
「ラウル殿下食細いから、それを穂南がもしかしたら生肉が苦手なんじゃないかって。なんかハンバーグ? ってやつ作るみたいだけど」
「あぁ、ハンバーグですか。確か貴方の故郷の国の料理でしたっけ」
「そうそう、我が国日本が他国の料理を独自にカスタマイズさせた創作料理。穂南のハンバーグめちゃウマよ」
隼人の台詞にえ、と声が漏れる。
「何で穂南ちゃんの手料理の味をあんたが知ってんですか?」
「だって穂南と一緒に住んでるし、俺」
「え、えぇぇぇぇ!?」
年の差がある気がするが、まあ、貴族間なら百歳くらい年齢差がある政略結婚は珍しくないが、確か地球にある彼の国では貴族制度はないはずだ。
「わざと言葉を省略してヤトノを揶揄うのはやめなさい」
呆れたようにため息を吐くクエレに疑問符を浮かべていると、隼人はニヤニヤ頬杖をついた。
「穂南は俺の可愛い姪っ子だよ」
「姪?! 似てなさすぎるだろ!」
思わず本音が零れる。確かにこの男の知人だということは聞いていたが、まさか二人が身内だったとは。
「はあ? そっくりだろうが。ちゃんと見てみ、この可愛らしい垂れ目なんか瓜二つ」
外見は言われてみれば何となくわかるが、何より中身が似ていなさすぎる。あんなに真面目な子の身内が、他にんを揶揄うことに全力を懸けるような面倒な愉快犯じみたこの男だと誰が思うだろう。
「てか、ヤトちゃんはナニを想像したのかなぁ~?」
「……クエレ、許可とれそう? どう?」
「あ、無視? 無視すんの?」
鬱陶しい。これ以上絡まれるのご免だった。さっとクエレに向き直ると、彼は暫く考えこんでから頷いた。
「まあ、大丈夫だと思います。こちらで話を通しておくので、必要な材料は多めに厨房に準備させておきますと伝えてください」
「了解」
「あ、後調味料はこっちじゃ手に入らないのもあるから、俺が明日色々持ってくわ。こっちスマホ使えねぇから、ヤトちゃん穂南に明日言っといて~」
「はいはい」
言われっぱなしも癪なので嫌がらせにテーブルに置かれた隼人が持ってきたであろうツマミを勝手に食べながら相槌を打つ。
「辛っ。いや、美味いな」
香辛料の辛さとは違う辛さだ。どちらかというと痛いような辛さだが、鼻につんと抜ける爽快感とカリカリとした食感に食べる手が止まらない。
「美味いだろ、ワサビ味柿のたね」
これは酒が飲みたくなる。本当はさっさと帰るつもりだったが、ツマミの美味さに隼人の鬱陶しさよりも酒を飲みたい方に天秤が傾いた。
「クエレ、俺もワイン」
「そっちにグラスがあるので勝手にどうぞ」
いそいそと席についてツマミとワインを交互につまみながら、ふと昼のことを思い出して食べる手を止めた。
「そういや昼さ、人狼の近衛騎士がやらかして穂南ちゃん怒らせたんだよね」
昼のことを話すと、隼人は抱腹絶倒しながら涙を流した。ひいひい言いながら息も絶え絶えな男は滲んだ涙を拭いながら肩を竦める。
「穂南はなぁ、怒るとマジで恐ぇよ」
どこか遠い目をする男に、これは常習犯だなと悟る。
「最初はか弱そうだけど大丈夫なんかなぁって思ってたけど、静かに怒るの見て尾が久しぶりにゾワゾワしたよ。本能的に逆らったらヤバい、みたいな。母様に叱られた時と同じ感覚。ロウさんも最後は思うとこがあったのか穂南ちゃんの傍うろうろしてたけど、完全無視されてちょっと可哀想だった」
「あー子供関連はなぁ、穂南にしたら鬼門つうか、タブーつうか。ま、しゃーない」
「何かきっかけでも?」
「まあ、色々あるつうことよ。ま、んなことよりほら、これも食えよ! ワサビ味ポテトチップス」
珍しく歯切れが悪い男のわざとらしい話の逸らし方にあえて聞かないのは、クエレなりに気でも使っているのだろうか。ヤトノもそれ以上は触れず、誘われるままに刺激的なツマミに手を伸ばすのだった。




